14 家族会議の囁き天使
家庭環境の良い、裕福な家庭でああいうことを言えば……ま、そりゃそうなるよな。
部屋に戻ってきて俺は、改めて、守護天使として付くことになった、茉莉亜の恵まれた環境に感謝した。
医学部の推薦についてあらかた調べた後、まだ茉莉亜が部屋に帰ってきていないことを確認して、一階のリビングに降りて行った。
そこでは茉莉亜が、おじさんとおばさんに俺の見舞いの時の話をしているところだった。
下を向いて訥々と話す愛娘に、植物状態という超ヘビー級の内容……。
なんて声をかけたらいいのか分からないといった、戸惑う表情をみせるおじさんとおばさんに申し訳なさを感じつつ、リビング入口のドアのところで身を隠しながらこっそり見守る。
……あれだな。
おじさんたちは会話の糸口を探しているようだが、あの茉莉亜のモジモジした様子……あれ、言いたいことが言えない時のやつだな。
茉莉亜と出会って、もう何年になると思ってる。十三年だ。
その間、あの表情を幾度となく見てきた。
誰にでも優しく、裏を返せば八方美人なところがあった茉莉亜は、言いたいことを言えずに面倒ごとに巻き込まれてしまうことも多々あった。
できる範囲でいつも俺と優太がフォローしてたものだが……まあ、今回は俺の役目だな。
やれやれとドアから離れ、そろーと茉莉亜の足元に近づく。
そして、そのまま背後に隠れるように上昇し、耳元で囁いた。
「医学部を目指したい」
ハッと顔を上げた茉莉亜と、おじさんたちの視線が合う。
思わず目が合って、慌ててんじゃねーよ。
今だろ? 言うチャンスは。
ため息をつきながら様子を見ていると、一瞬ドギマギとした表情を見せていた茉莉亜はゴクリとつばを飲み込み、膝に置いていた両手を握りしめながら、言った。
「私……医者を目指したいの……」
その言葉に、おじさんたちは目を見開く。
そして、なおも自分の気持ちを絞り出そうとする茉莉亜を穏やかに見つめ、ゆっくりと一つ一つ話を聞いてくれていた。
最後には、全ての感情を出し切った茉莉亜を抱き寄せ、三人で涙ながらに抱きしめ合う。
その光景を食器棚の上に腰かけながら眺めて、ああ、この家は、昔から子供の主体性を尊重し、応援してくれる家だったなと思い出していた。
茉莉亜と同じく、おじさんもおばさんも、いつもニコニコ笑っていた。
俺の家は別に普通の家だったけど、茉莉亜に、おじさんとおばさんがいる、穏やかな雰囲気のこの家が好きだったな。
そうだ。
そういえば、おじさん自身も確か医者だったか。
そりゃあ、娘が自分と同じ仕事に就きたいと言って、嫌な親はいないだろう。
「お金の心配はしなくていい」と、茉莉亜の肩を優しく抱く、おじさんの何とも嬉しそうな姿……ああ、茉莉亜の守護天使になって、やはり良かった。
久々に、心が洗われるような場に同席できたし、何よりも……上級国民、万歳! お金の心配がないって、なんて素晴らしい!!
あの悲惨な試験結果を見たときはどうなることかと思ったけど、親の全面的なサポートが得られるなら話は別だ。これで、できる幅がぐんと広がった。
茉莉亜の意外な行動力は想定外だったけれども、いい方に話が進んでよかった。
あとは、来週からの新学期を待つばかりだ。