SIDE 天使 Ⅰ
「……良かったのか?」
天に向かう途中で、横に並び飛ぶガブリエルにそう話しかけた。
あいつと別れてから少し経つ。
もうとっくに互いに姿も見えないし、周囲にも誰もいない今なら話しても大丈夫だろう。
「あの天使……正直、怪しすぎるだろう」
日本からは数百年ぶりとなる天使の誕生に、父の理から外れるありえない状況、そして本人の何も分かってなさ。
そのどれもが、俺から見て不審でしかなかった。
守護天使の管理者であるガブリエルの意見が聞きたい。
これは、俺の思い過ごしなのか……?
「そうですね。あの者は、我々天使の中では、確実にイレギュラーな存在でしょうね」
ガブリエルは俺の言葉に、こちらを振り向くことなく答えた。
同意を得られたのだとホッと安心するも、前を見据えるその瞳は、俺の認識の及ばないその先に向いているようだった。
「ただ……怪しいのも事実ですが、ゆりかごに抱かれたということも事実」
そう言って、ガブリエルは横顔の瞳だけチラリとこちらに向ける。
さきほど俺の言葉に同調したとは思えない、冷たい声だった。
撫でおろしていた胸に、小さな楔が打ち込まれる。
ゆりかごは父から与えられたものの一つだ。
ゆりかごを疑うことは父を疑うこと。
そう、たとえどんなに怪しいとしても、あいつはまごうことなく天使だ。
それを疑うことなど、あってはならなかった。
静かに見つめてくるガブリエルの瞳の冷たさに、俺は触れてはいけないところに触れなのだと察した。
赤く燃える瞳に囚われ、体が重く感じる。
「……この様々な価値観が渦巻く現代で、信仰心も失われ、悪魔どもの勢力が水面下で拡大し続ける中、あの者の存在は我々の意識を改革し、奴らのしっぽを掴むチャンスにもなりうると感じています」
口を噤む俺から視線を外し、ガブリエルは再び前を見た。
あいだに少しできた空間に、圧倒的なまでの距離があると感じる。
「五年など、我々にとっては瞬きほどの短い時間……その間に力天使に昇れるとも思いませんが、何かが本当にあったとして、それが現れるのはそう遠くないことでしょう」
少しずつ遅れていく俺の瞳に、こちらに背中を向けて前を飛び続けるガブリエルのもう一つの姿が映る。
「我々は、父の言葉を伝える伝道者にして、人類の監視者……見守り続けましょう、彼の行動を。監視し続けましょう、世界に蔓延る悪を。ひとえに、我らが父のために……」
……やはり、第一位の熾天使まで上り詰めた奴など、全員どこかが狂ってる。
仄暗く嗤っているであろうガブリエルの後ろ姿に、背筋が凍るような狂気と愛を感じた。