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1 ゆりかごからの目覚め

 温かい日差しを受けて、綿のような柔い何かに包まれて……ぬくぬくぬくぬく気持ちいい。


 ふわっと吹いた風が優しくまつ毛をくすぐり、沈んでいた意識が徐々に呼び起こされる。


 ……んん? ここ、どこだ……?




 目が覚めると、俺は空の上にいた。


 挟まれていたふかふかの雲形の布団を(ひるがえ)し、ガバッと態勢を起こす。

 眼下に広がるのは、まるで飛行機から見下ろしたような絶景だった。遮蔽物もなく、思わず感動しそうになるはずの景色も、身一つで晒されているとなると話は別で、ヒュッと一気に肝が冷える。


 ……え?

 ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って。なんで俺、浮いてんの!?


 落下の恐怖に、下にも敷かれていた布団を慌てて掴む。思わず目をギュッと(つぶ)り、体の外に感覚を研ぎ澄ませて様子を伺いながら、少しずつ、薄目を開けていく。

 

 ……ふう、どうやら落ちる心配はないようだ。下の街との距離は保たれている。

 少し安心したと同時に沸き起こる「では、なぜ浮いている?」の答えを探そうと手探りしてみたところ、どうも手の届く範囲には固い透明の足場のようなものがあった。


 コンコンコンと、軽く握った拳から突き出す関節の角で叩いてみる。まるでプラスチックみたいだな……硬いな。


 んん? てか、よく見たら、この下の街は普通に俺の地元じゃないか。


 ちょっと遠いけど、あそこに見えるのは俺が通っている学校だし、この真下も、たまに家族で来ている大型スーパーだ。

 他に見知った建物はないかと周囲を観察しようとしたら、たまたま視界に入った手元にピントが合い、ようやく気付いた。


 ……ちょっと待て。

 記憶の中より、随分と手がぷくぷくしているんだが……!

 

 紅葉のような両手を見つめて呆然としつつ、「まさか」と、そこからゆっくりと視線を下にずらしていく。俺の体は小さく、全体的に丸みを帯びたフォルムになっていた。

 ……てか、服着てねえ……。


 え? 夢か? これは夢なのか?

 

 自由を満喫する小さな下半身に、慌てて布団と、目覚める前の記憶を必死に手繰り寄せた。



 

 うん。

 俺は尾鷲(おわせ)玖人(くひと)()()()()

 

 直前の記憶では、幼馴染の二人と学校終わりに、一緒に家に帰っていたはずだ。

 今日も俺の心のバイブル『ギリシャ神話』について、熱い議論を交わしながら歩いていた。


 ……そうだ。

 

 二人と交差点で信号待ちをしているときに、どこからか猫がやって来たんだ。

 ここら辺ではなかなか見ないような長毛の優美な猫で、思わず目が奪われた。

 

 「『猫のプシュケ』という絵本があってさ。これはギリシャ神話のクピドとプシュケの話をモチーフにしているんだ。あの『美女と野獣』も、この話を基にしているという説があるんだけど……」


 なんて話をしていたら、横にいたはずのその猫が、急に、交差点を横切ろうと飛び出した。


 幹線道路だったから車が結構なスピードで行き交っていて、迫りくる車に驚いて立ちすくんでしまった猫に思わず、体が動いちゃって……。




 そこまで思い出して、俺は大きく目を見開いた。一瞬、時が止まったようだった。

 そして、バッとその交差点の方向に顔を向ける。

 

 あそこに行かないと……!

 そう、体が内側から急激に沸き上がる感じがして、雲の布団から勢いよく飛び出して(くう)を蹴った。

 

 が、その(そら)に踏み出した足は、文字通り(くう)を切った。

 スカッと、まるでコントのような転げる体勢をとり、地面に向かって落下していく。

 

「おおおい!! この足場、布団周りしかないのかよーー!?」


 そう絶叫しながら、迫りくる地面に思わず目を閉じる。

 堪らず手を頭を守るように伸ばすと、背中からふわっと体が浮いた感覚がした。


「グヘッ!!」


 落ちる勢いが殺され、四肢がガクンと反動で跳ねる。驚いて目を開けると、俺はまるでスーパーマンのように空を飛んでいた。


 とはいえ初の飛行だからか、ぎこちなく、若干、落下しながらあの場所の方に進んでいく。


 過ぎゆく景色に、俺の頭の片隅に追いやられていた冷静な部分が、「待て待て、消化不良だ。突っ込みたいポイントがありすぎるだろ!」と顔を出す。


 しかし、大部分の激情に流されていた部分が、「そんな事、今はとりあえずいいから、早く早く!」と少数派を封殺し、俺の体をあの現場に向かわせた。




 それほどかからず辿りついた先は、まさに「はい。ここが事故現場です」と言っていいほど、その場で起きたことの余韻を残していた。


 車道と歩道の段差や端の方に散らばっている小さなプラスチックの破片、タイヤのブレーキ痕に、何かの液体が染みた跡。そして、横断歩道近くの電柱の根元に捧げられた、いくつかの花束……。


 あれだけ心の中に渦巻いていた激情が、ここまで体を突き動かしていた衝動が、その光景を見た瞬間に一気に消え失せる。


 急激に飛行スピードが落ちていく。歩いた方が早いようなスピードでゆっくりと花束のところに辿り着き、ふわっとつま先から着地すると、両手をついて地面と向き合った。

 

 頭上は、相変わらずたくさんの車が行き交っていてうるさいし、背後にも、歩道を歩く人々の気配がするが、そのどれもが(うつむ)く俺を無視して通り過ぎていく。

 

 まるで、俺とこの花束の周りだけ、音が抜け落ちたように静かだった。

 徐々に視界が滲んで歪み、ポツリ、ポツリと地面に染みが落ちる。


 ああ……俺は、本当に……


 そう思った瞬間、ふと、誰かが俺の横に立った気配がした。

 ぼやけた視界の隅に靴のようなものが映りこみ、次の瞬間には上から大きな体が降りてきた。


 それは決してこちらを向くことはないが、まるで寄り添ってくれているかのようだった。

 ふわりと懐かしい香りがして、おもむろに顔を上げてみる……と、そこにしゃがんでいたのは俺の幼馴染の茉莉亜(まりあ)だった。


 茉莉亜は光の消えた瞳で、供えられていた花束をじっと見つめていた。

 そして、小さな吐息と共に視線を外したかと思えば、肩にかけていた鞄から小さな花束を取り出してそっと置き、顔の前で両手を合わせて瞼を閉じる。


 その自然な動作と、今まで見たことがないような茉莉亜の表情に、俺は現実をまざまざと突き付けられた気がした。


 ……俺は、死んだんだ。あの猫を(かば)って。

 

 身代わりになるだなんて、まるでアドメトスの身代わりになって死にかけた、アルケステイスみたいじゃないか……。

 でも、アドメトスとアルケステイスは夫婦だし、結局、アスケステイスはヘラクレスによって助けられたけど、俺と猫は赤の他人? だし、俺、死んじゃってるし……。


「ギリシャ神話みたいには、上手くいかなかったんだな……ごめんな……」

 

 と、なおも祈り続ける茉莉亜に向かって、ぽつりと言う。

 その声は誰にも届くことはない。だが、返事の代わりに、後ろから別の声が降ってきた。


「……茉莉亜、またここで手を合わせていたのか。そろそろ斎場に行かないと」

 

 それは、もう一人の俺の幼馴染、優太(ゆうた)の声だった。

『斎場』という言葉がずしりと心にのしかかる。

 

「……分かってる」と言って立ち上がり一緒にどこかへ向かってく茉莉亜と優太の後を、俺は、まるで(いざな)われるかのように、ふらふらと追いかけていった

初めましての方は、初めまして。となりのOLと申します。

こちらはちょっぴりコメディ要素強めの、【現代ファンタジー】になります。


面白いやん。続きがちょっと気になる。と少しでも思えたら、ブクマや★★★★★にて反応いただけるととっても励みになります!

本作品は長くなるかと思いますが、どうぞ、よろしくお付き合いください。

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