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その男、諦める



「おかえりなさいませ、ご主人様」



ソファーに座って大人しくテレビを見ていたレイラが、俺に気づくと、甘い声でそう言って頭をコテッと傾けた。

そして少し勝ち誇ったような自信ありげな笑顔を浮かべながら出迎える。



「ふふん、こうやって出迎えるんでしょ?」


「……一体何見てたんだよ」


「ん?テレビで言ってたわよ?」



少し古めの情報で一体どんな番組を見ていたのか気になったが、俺は頭を抱えながらレイラに向かって話しかけた。



「レイラ、そんな文化はない。ただ普通に『おかえり』でいいから」


「あら、そう」



そう言って少し拍子抜けな様子のレイラが、テキパキとストックしてあったペットボトルをテーブルに置くと俺をエスコートするように椅子に座らせた。



「さぁ、どうぞ。召し上がれ」


「ん?あぁ、ありがとう」



何事かと驚きながらもSNS撮影で疲れたので、ありがたく俺はペットボトルを開けて飲んだ。

それを向かいの席に座ってじっと見つめていたレイラが再び口を開いた。



「ふふっ、女の子と一緒にお茶したら、お手当って言うものがもらえるのよね?」


「……ゴフッッ!」


「あら、大丈夫?」



俺は盛大に吹き出し、咳き込みながら呼吸を整える。

その様子をレイラは不思議そうに見ていた。



「どこでそんなの覚えたんだよっ」


「ふふ、テレビで言ってたわ」


「だから、どんな番組見てたんだよ……」



俺は、ちゃんとレイラに教育していかないといけないという保護者のような気持ちになった。



「とりあえずこれからは教育テレビを見てくれ……」


「ん〜?わかったわ」



レイラは、いまいちわかってないようなリアクションで返事をする。

そして、少し誇らしげな表情を浮かべながら口を開いた。



「そうそう!ちゃんとお留守番できたでしょ?」


「あ〜……まぁ、うん……」


「ちょっと、なにそのイマイチな反応」



レイラはそう言って、詰め寄るように俺を見つめた。

吸い込まれそうな瞳に、赤く熟れた果実のような唇をへの字に曲げた顔がズイッと近づく。

俺は赤く染まる顔を誤魔化すように顔を逸らすと、レイラは面白がるように逸らした方へ顔を近づけた。



「あらら?照れてるのかしら?」


「うるさい」


「ふ〜ん……」



妖艶な雰囲気を漂わせるレイラはそう言ってニヤリと笑った。

すると、部屋のインターフォンが鳴った。

どうせ奴らが来ることは予想できていたので俺は手短にレイラに伝える。



「ちょっと見つかったら面倒くさいから隠れてて」


「えっ……隠れるって?どこに?」



俺はレイラの手を引き寝室の前まで来ると、ガチャリとドアを開け戸惑うレイラの背中をポンと押して中に入れた。

そして、まるでステージにいる時のように渾身の笑顔を彼女に向ける。



「時間稼ぐから頑張って」


「ちょ、ちょっと!」



俺はレイラが言い終える前に寝室のドアを閉め、奴らがいる玄関へと向かった。



俺は外の人物を確認しする。

そして、レイラの履いていた靴をシューズクローゼットの奥に隠すと何事もなかったかのようにドアを開けた。

やはり俺の想像通り、彼らがドアの前で待っていた。



「マオマオ、来ちゃった。いーれーて」



長い薄ピンク髪のショーンが可愛らしく笑う。

興味本位で来た双子のヤマトとミナトにリュウマ、仕方なく着いてきた様子のカグヤとハルが立っていた。


こうやって撮影後に誰かの部屋に集まることはよくあり、俺は仕方がないので彼らを中に入れた。

子犬のようにクリっとした瞳でハルが申し訳なさそうに、俺の方を見て言った。



「マオ、忙しかったよね?ごめんね、止めたんだけど……」


「別にいいよ」



そう言って俺はあくまで普段通りに振る舞う。

そして、興味本位で来た奴らは証拠を探す警察犬のように部屋を見渡し、リビング、キッチンなど面白がっていろいろ見ていた。

すると、ショーンが思い出したかのように口を開く。



「ねぇ、マオマオ?そういえば俺のコンビニプリン残ってる?この前持って帰るの忘れてたんだよね」



こういうタイミングで思い出すショーンの勘の良さに感心しつつも、そのプリンは昨日レイラにあげてしまって残っていないので、俺は誤魔化すように返事をした。



「あ、ごめん。俺が食べた。今度新しいの買っとく」


「全然大丈夫だよ。マオが食べるの珍しいね〜」


「たまにはな」



体型管理の為、普段あまり甘いものを食べない俺の先ほどの発言に、ショーンは少し引っかかるような表情を浮かべていた。

内心、コイツは探偵か!?と思いつつ、俺は顔色を変えることなく普段通り振る舞った。



ーーガタンッ!



そんな俺の努力を無駄にするかのように、寝室から物音が響いた。

もちろん全員がそれに反応する。


そして好奇心に駆られた者たちを止めることはできず、俺は眉間に皺を寄せ、ただその部屋のドアが開かれるのを見ていることしかできなかった。


すると、中を見たものが一斉に俺の方を見る。

一体どんな状況かと思いながら恐る恐る部屋の中を見た。



開いたクローゼットから中身が散乱し、明らかに不自然に膨らんでいるベッドの上の布団。

おそらくクローゼットの中に隠れようとして失敗して、慌てて布団の中に入ったというような想像に容易い状況だった。


俺は軽く溜め息を吐き、頭を抱えながら、諦めたように部屋の中の彼女に向けて声をかけた。



「はぁ……レイラ、出てきて」



すると布団がゆっくりと捲れ上がる。

艶のある黒髪が現れ、白い肌に少し吊り上がった猫のような瞳が自分の置かれた状況がわからずキョロキョロと動いている。


予想外にも真面目なリーダーのカグヤが1番に口を開いた。



「なんだ……あの可愛い生物は……」



カグヤは口元を手で隠して、可愛いペット動画を見た時のような優しい視線をレイラに向ける。


レイラはそのまま俺の方を見ると、少し戸惑った様子で口を開く。



「……マオ、これはどういうこと?」


「んー……ちょっと面倒くさい状況。とりあえず、いろいろ説明しなきゃいけないから出てきて」



俺がそういうと、レイラはゆっくりと布団から身体を出す。

その姿を見て、全員がハッと息を呑む。

そして、その中でショーンが揶揄うように俺の方を見て言った。



「わぁお、全身マオマオの服じゃん。やっらしい〜」


「えっ!マオ、私にいやらしい服を着せてたの?」



ショーンの発言に反応したレイラが自分の着ている服を隠すようにしながら、少し怒ったように俺を見つめてくる。

よく悪女のように誘惑して揶揄ってくるくせに、こういうところは察しの悪い彼女に呆れつつ、俺はその視線を受け流した。



「レイラ、ややこしくなるからちょっと黙ってて」



俺がサラっと言い放った一言にレイラは拗ねつつも大人しく俺たちと一緒に寝室からリビングへと移動した。



とりあえず、俺はレイラをソファーに座らせる。

他のメンバーは各々適当に座ったり立ったりしていた。



「んで、マオ。言い訳を聞こうか」



カグヤはレイラの挙動1つ1つにペットを可愛がるような視線を向けつつ、そういって俺を問いただした。



「はぁ……いろいろ説明するのが怠いから黙ってたけど、昨日拾った」



「「「「はあああっ?」」」」



ここにいたメンバー一同から驚きの声が上がる。


そして、昨日あった出来事を大まかに話した。

みんなイマイチ信じていいのかわからないような感じで、不思議そうに話を聞いている。


すると、レイラが口を開いた。



「ねぇ、マオ?どういう状況なの?この人たち誰?」



レイラが一人一人にチラチラと視線を送ると、薄ピンクの髪をふわりと靡かせてショーンが試すように口を開いた。



「レイラ……ちゃん?『Seven Summits』ってアイドル知ってる?」


「……?せぶん……?あいどる?」



レイラの頭の上にクエッションマークが浮かぶ。

嘘一つないようなレイラの振る舞いに、メンバーは先ほどの話を少し信用し始めていた。

そして、ショーンが再びレイラに質問する。



「レイラちゃんはどこから来たの?」


「エスアールド王国よ」


「知ってるよ」


「えっ、そうなの?……じゃあ、私のことも知ってるわよね……」



レイラが少し悲しそうな顔をする。

そんな表情に俺も気を取られていると、ショーンがレイラに向かって言葉をかけた。



「レイラちゃんごめん。嘘、エスアールド王国なんて知らないし、レイラちゃんのことも知らないよ。マオマオが言ってた異世界から来たって言う話が本当かどうか試させてもらっただけ」


「……そう。それで信じてもらえたのかしら?」



レイラがショーンを見つめる。

ショーンは頷くとレイラの手を握った。



「だから、困ったことあったらなんでも言って」


「嬉しいわ。ありがとう!女の子同士だから心強い」



そう言ってレイラは自分より少し背の高いショーンに抱きつく。

黒い艶のある長い髪がふわりと動く。

その様子を見て俺と他のメンバーは驚きのあまりぎょっと目を見開いた。


するとショーンがクスクスと笑いながらレイラの耳元で囁いた。



「レイラちゃん、俺……男だよ」


「えっ!」



そう言われて、レイラが慌ててショーンから身体を離し、少し顔を赤くする。

ショーンがそれを見て再び笑うと、他のメンバーの緊張感も和らいだように笑い声を上げた。


そんな中、ただ俺だけは少しモヤモヤとした気持ちを残していた。


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