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悪女、叫ぶ


気がつくと私は静かな芝生の上に横になっていた。

夕暮れ時で空は少し薄暗く夜を迎える準備をしている。

私は目線だけを動かして周囲を確認するが、ここがどこだか正確な場所はわからない。

ただ一つ直感でわかるのは、私のいた世界に帰って来られたということだけだった。


すると、頭上で聞き覚えのある声がする。



『ねぇ、レイラ……起きて』


「えっ、黒猫ちゃん!」



私は慌てて身体を起こした。

そして、黒猫が私の手元にやってくる。



『今度はちゃんと記憶があってよかったよ。また1から説明しなきゃいけないかと思った』


「大丈夫よ、今回は全部覚えてるわ。でも、どうして黒猫ちゃんもここに?」


『僕は自由に世界を動き回れるからね。レイラにお別れを言ってなかったからそのまま一緒に付いてきたんだ。前、レイラが転移した時は時間の流れですれ違ったらいけないと思って分身だったけど今度は本物だよ〜』



そういうと黒猫はぴょんと飛び跳ねて芝生の上に降りた。



「……ほんとにありがとう。サミュエル」



私がそう言うと黒猫のサミュエルは照れくさそうに笑った。

そして、私を見つめると口を開いた。



『いえいえ、こちらこそありがとう。じゃあ、僕はまた色々な世界を旅してくるよ。時の流れは読めないからいつになるかはわからないけど、また会いに来るから。じゃあね、レイラ』


「その時は色々な世界の話を聞かせてね。待ってるわ」



私がそう言うとサミュエルは光に包まれて姿を消した。


私は別の世界に行った黒猫のサミュエルを見送ってから、ゆっくりと立ち上がり手に持っていた手紙を仕舞い込むと、歩き始めた。

今いる場所も分からない。

ただ感覚で歩いていく。


すると、人混みが見えてきた。

私はその騒がしい方へと向かって歩いていく。

何事かと思っていると見覚えのあるグッズを持った人たちが沢山歩いていた。


その様子に気を取られていたとき、横で電話していた女性の声が耳に入ってきた。



「嘘でしょ!今日来られないの?まぁ……熱があるなら仕方ないよね……うん、うん。わかった!じゃあお大事にね」



そういって彼女は電話を切るとため息をついた。

私は何となく気になって見ていると、相手も私の視線に気づき、じっと私の方を見た。



「ねぇ、あなた凄い格好ね」



彼女にそう言われて、私は自分の格好を見る。

何も着替えずにきてしまったので、白い艶のあるドレスのままだった。



「もしかして……マオのファン?」


「マオ……っ!」



私が名前に大きく反応すると、彼女はびっくりした様子で話を続けた。



「やっぱり!メンバーカラーの白だからそうだと思ったけど、気合い入ってるね」


「いや、マオのファンなんだけど……その……たまたまなのよ……ははっ」



私が軽く笑うと、彼女は不思議そうにこちらを見た。

それはさておき、私は先ほどから疑問に思ったことを彼女に聞く。



「ねぇ、ところで『Seven Summits』のグッズ持ってる人が多いけど何かあるの?」


「……はい?ちょっと何を言ってるのか分からないんだけど、全国ツアー最終日の公演見に来たわけじゃないの?」


「ツアー……?最終日?」



私の頭の中に疑問が浮かんだ。

なぜなら、私があの世界に戻ってから何日かしか経ってなかったからだ。


私はサミュエルが言っていた時間の流れが違うことを思い出す。

てっきりこっちの世界も同じ時間感覚でいたが、どうやら違ったようだ。



「えっと……今って何年何月何日かしら?」



「はい……?」



彼女は私の発言に再び驚いた。




♦︎♦︎♦︎


色々話を聞いてみると私がこの世界を去った時から1年近く経っていた。

季節が似ていたので、惑わされてしまった。


そして、考え込んでいる私に彼女が話しかけた。



「えっと、じゃあ貴女は今日は最終公演見にきたってわけじゃないんだよね?」


「えぇ……まぁ、見たいのは山々だけどチケットもないから」


「ねぇねぇ、それなら一緒に見ない?」



そう言ってフリフリと紙を手に持って振る。



「実はさっき一緒に見る予定だった友達が熱出して来れなくなったんだー」



彼女はニヤリと笑った。

しかし、私は今の状況で簡単にイエスと言えるわけでもなく、申し訳なさそうに彼女に伝えた。



「いや、見たいけど……でも、今お金持ってなくて……」


「それはまた今度でいいよ!『Seven Summits』のファンに悪い人はいないっ!」



根拠もなく、そういって笑う彼女につられて私もつい笑顔になる。

そして、チケット代は後日渡すと言う形で私たちは一緒に見に行くことにした。



「ところで、あなた名前は?」


「レイラよ、貴女は?」


「私は千秋!よろしくね!」



そういうと私たちは熱く手を握った。



それから、千秋とともに会場へと向かう。

この場所には見覚えがあった。

それは私が初めてマオのライブを見た会場だった。


何もグッズを持っていない私に、千秋がペンライトを差し出す。



「これ使って!」


「えっ……いいの?」


「全然大丈夫!友達の分で用意してきた予備だから。まえライブに来た時、家に忘れちゃって仕方なく買い直したから2本あるの」


「そうだったのね、じゃあ貸してもらうわ。ありがとう」



それを手に取ると私の気分が更に高まった。


そして会場の中に入ると独特の高揚感に包まれていた。

席に着くと、千秋が口を開いた。



「ん〜……なかなか悪くない席!」


「そうなの?」


「うん、たぶん最後のパフォーマンスでここを通ってステージを移動すると思う!」



千秋にそう言われて、私は少し先の通路を見た。

でも、通路の真横でもないこの場所で、こんなに多くの人がいる中、髪も短くなった私に気づくことはきっとないだろうと諦めた。


そうしているうちに開演を迎える。

ズーンと身体の奥から響くようなメロディーが会場を包み込み、一段と熱気が増してきたところで、7人がステージにゆっくりと歩いて出てきた。


スクリーンに1人1人映し出される。

マオは、私の知っている頃よりも長くなった金髪をハーフアップのように軽くまとめていた。

切れ長で三白眼気味の色気のあるマオが軽く微笑むと、私の頬に一筋の涙が流れた。



「マオ……」



一度はもう会えないかと思っていたが再び会えた喜びに包まれながら、私はステージを見つめていた。

時折、涙でぼやけながらペンライトを振る。


あの頃よりも格段に歌もダンスも上手くなっているマオにドキッとさせられる。


そのとき私はふと気づいてしまう。


こっちの世界は1年近く経っているから、その間にマオは他の人を好きになっているかもしれないし、もう私のことなんか忘れているかもしれないということに。


私はライブを楽しみながらも心の隅にそんな不安な気持ちを抱えていた。



そして、とうとうこの日最後のパフォーマンスに向けて彼がこちらに歩いてくる。

ハーフアップにまとめた金髪が少し汗ばんでいて、手を振りながら口角の上がった口元から白い歯が見える。



「マオーーっ」



気づいたら私は全力で叫んでいた。

ただ、会場の他のファンの声援も大きくその声はすぐに飲み込まれた。


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