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その男、思い出す

レイラが俺の前を去ってから、季節が移り変わった。

俺は毎日鬼のように練習に励み、その結果パフォーマンスの質がレイラがいた頃より数倍上がり、ファンからは王子の覚醒と揶揄された。



この日、収録を終えて家に帰るとすぐにインターホンが鳴った。

レイラかと急いで向かったが、その相手は結子だった。

結子はいつも通りだがどことなく表情が少し緊迫していて、何事かと俺は思いつつ部屋へ入れる。



「ちょっと!レイラちゃんじゃないからって、あからさまにがっかりしないでよ!」


「……ごめん」


「それで、本題なんだけど。私の家すっごいグッズで散らかってたからこの前片付けてたのね」


「前、レイラが言ってた。結子の部屋はグッズで溢れてるって」



レイラのことを思い出して、俺は自然と表情が柔らかくなる。

そして、結子もレイラのことを思い出してクスリと笑った。



「ちょっと、レイラちゃんそんなことまでマオに言ってたの〜!まぁそれは置いといて、どうせ片付けるならと思って実家から持ってきてた昔の荷物も一緒に整理しようと思ってさ。そしたら、懐かしい写真出てきたの……」



そういうと、結子はカバンの中からあるものを取り出した。

それは1枚の写真。

クラス写真のようなものだった。



「うわ、懐かしいな」


「でしょ?それでね、マオ。覚えてる?小学校の時のこと」


「……ん?小学校の時のこと?」


「そうそう、あの頃はマオは本当ピュアで可愛かったわよね」


「あの頃はって……。それで、それがどうかしたのか?」



俺は結子が差し出したその写真をぱっとみて、ぼんやりと昔の記憶を遡る。

久しぶりに見る顔を懐かしく思いつつ、幼い頃の自分を探していると、結子が口を開いた。



「ねぇ、マオ。この子見て……」



結子は写真に映っていた女の子を指差す。

ふわりと可愛らしく微笑む女の子。

俺はその笑顔を見て、ある人を頭に浮かべた。



「レイラ……?」



結子は軽く頷き、口を開いた。



「私さ、思い出あるものとかあんまり捨てられないタイプでさ。たまたまその時のクラスの名簿も一緒に挟んであったの……」



俺はその名簿をざっと見て、あるところで目を止める。

そして、驚きのあまり口に手を当てた。



『月野玲良』



俺はこの名前を聞いて薄っすらと靄がかったあの時の記憶が蘇る。



「……レイラっ」



気づくと頬に涙が一筋流れていた。


そこで俺は彼女の存在を思い出した。




♦︎♦︎♦︎



ある日、俺のクラスに転校生がやって来た。

その子は幼い頃に両親を亡くし、それから親戚の家を転々としているらしく転校には慣れている様子だった。



「月野玲良です。よろしくお願いします」



クラスの男子たちが少し浮き足立つ。

そして、女子たちもザワザワと騒がしくなる。


玲良は年齢の割に大人びていて、顔立ちもしっかりとした美しい女の子だった。


そして、彼女はクラスに馴染むのも早かった。

特定の仲のいい友達は作らずに、薄く広く当たり障りのない程度に仲良くしていた。

それはきっと次の転校も見越して、別れの時の辛さを感じないように自分を守っていたのだろう。


ある日の帰り道、俺は誰もいない公園に1人ブランコで揺られている彼女を見つけた。



「何してるの?」


「別に何も。家に帰っても居場所がないから」



彼女はそういうと、少し冷めたような表情で笑った。

俺は何となくそんな彼女が放っておけず、それからというものこの公園によく立ち寄った。

ただ他愛もない話をしているだけ。

でも、そうしているうちに玲良のことがだんだんとわかってきた。


奇遇にも同じ日に生まれていたこと、苦手なものはエレベーターで、あの動きがダメらしい。

そして、髪を乾かすのが下手でよく家で怒られていると笑っていた。

クールな雰囲気の割に実は怖がりな彼女を俺はよく揶揄っていた。

でも、意外と負けん気の強い彼女はそんな俺に対抗してきて、面白くなりお互い笑い合った。


この日も俺が公園に寄ると、先にブランコで1人玲良が座っていた。

近寄ってみると、彼女は涙を流していた。

俺は深く追求するわけでもなくそっと隣のブランコに座った。


しばらくして、涙が引いてきた彼女がポツポツと話し始めた。



「……あのね、私の両親死んじゃって親戚の家を転々としてるって言う話は知ってるよね」



俺が黙って頷くと、玲良は話を続けた。



「それで、今の家に来たんだけど……あまり仲良くなくて……」



彼女は悲しそうな表情を見せた。

そんな表情にどうしていいかわからず戸惑っていると、彼女は続けて口を開く。



「それでいま一緒に暮らしている姉妹がいるんだけど……」


「あっ!こんなところにいた」



2人の女の声が聞こえて俺と玲良は振り返った。

そして、玲良が少し顔をこわばらせる。

その様子を見て、おそらく彼女たちが玲良と一緒に暮らしている姉妹だろうと察した。



「ねぇねぇ、早くランドセルの中見せなさいよ!私たちのもの取ったんでしょ?」


「とってない!私、何もとってない!」



玲良は必死に否定して赤いランドセルを抱える。

すると女たちは、ニヤニヤと笑いながら近づいてくる。



「その態度が怪しいのよ!早く出しなさい!」



そうやって無理矢理、2人のうち年上の女の方が玲良からランドセルを引き離し、中身を地面にぶち撒けた。

バラバラバラと音を立てて中のものが落ちてきて、地面に砂埃が漂う。



「やめてっ!」



玲良は落ちたものを拾い集めていた。

それを見て年下の方の女はケラケラと甲高い笑い声を上げた。


俺が手伝おうと立ち上がった時、年上の方の女が何かを拾った。



「ほら?これ怪しい……」


「やめて、これはやめて!お母さんが残してくれた大事な手紙なの……っ」


「え〜、これは私が友達から貰ったものよ」



そう言いながらニヤニヤと笑う。

もう1人の年下の女もその手紙を見て口を開いた。



「本当だ!この前、お姉ちゃんが貰ってたやつじゃない?なんでアンタが持ってるの?」


「違うっ!それは私がお母さんから貰った手紙よ!中を見て確認しても良いから早く返してっ!」



玲良がそう言うと女たちは手紙を開いてヘラヘラと笑いながら読み始めた。



「だいすきな れいらへーー……」



俺はその2人に嫌悪感を抱く。

玲良は再び静かに涙を流し始めた。

その手紙を読み終えると玲良は震える声で2人に言う。



「その手紙……返して……」



2人は笑いながら、口を開く。



「いいよ〜!返してあげる」



そういうと年上の女の方が手紙をビリビリに手でちぎりはじめた。

それは修復ができないほどに雑なちぎり方で、破片は風に乗ってハラハラと飛んでいく。


玲良は顔から表情をなくしていた。

俺が怒りで2人に立ち向かおうとすると、彼女は俺の服の裾を引っ張りそれを止めた。


そして、女たち2人は満足したように笑い声を上げながら去っていった。



2人の姿が見えなくなると、俺は地面に落とされた彼女の荷物についた砂を払いながら、彼女の赤いランドセルの中に丁寧に入れていく。

全て入れ終えると、俺は冷たく感情を失っている彼女に優しく寄り添った。


正確には寄り添うことしかできなかっただけだが、しばらくして落ち着いた彼女が口を開いた。



「……まおくん、一緒にいてくれてありがとう」



彼女が目に涙を溜めながらそう言うと、俺は思わずドキッとした。



「れいらちゃん……明日も公園に来る?」



彼女は静かに頷いた。

そして赤いランドセルを背負って、足取り重く公園を後にした。


俺は玲良が去った後に、繋がることもできないほどバラバラになった手紙の破片を拾い集めていた。

玲良は拾うことすら諦めて帰ってしまったが、俺は少しでも彼女に返してあげたかった。



翌日、公園に来た玲良にそれを渡すと、彼女はその場に崩れ落ちた。

ただビニール袋に入れただけの紙切れを大事そうに抱えながら、わんわんと涙を流していた。



「れいらちゃん、大丈夫。泣かないで、ずっと守るから」



不思議と思わずそう口にした俺は、小さく肩を震わせながら泣いている彼女の背中を優しく撫でた。



その日から俺は毎日のように公園に寄るようになっていた。

ただ2人でブランコに乗って、これまでのように会話をするだけ。

そして、あの日以降あまり笑わなくなっていた彼女が日に日に笑顔を取り戻し出した頃、彼女の転校が決まった。


ほんの僅かな期間だったが、みんなの思い出を残しておこうという先生の計らいで、クラスで全員集まって写真を撮った。

そして先生はその写真をみんなに配り、彼女のお別れ会をした。


その日も俺が公園に寄ると、少し寂しそうな表情を浮かべた彼女がいた。



「ねぇ、わたし施設に行くことになったんだ。だからまた引っ越しなの。本当はね……本当は……もっと長く一緒にいたかった……」



そういうと玲良はポロポロと涙を流す。

子供の俺にはどうしようもできないことで、俺も泣くしかなかった。

そして2人でひとしきり泣いたあと、玲良が口を開いた。



「私、明日ここを出て行くの。だから、最後に……まおくんに会いたい。この公園で明日待ってて」



そう言われて俺も黙って頷く。


玲良は少し頬を赤くして、俺の方を見るとニッコリと笑った。

目元は涙で潤んでいて、熟れた果実のように赤く可愛らしい唇をキュッと上げた彼女がいつもよりも綺麗で俺の心臓がキュッと締め付けられた。

ドクドクと鼓動が速くなり、俺の頬も熱を帯びる。

緩く漕いでいるブランコの軋む音や、木の葉が風に擦れるような些細な音すらも耳に入らなくなる。

まるでカメラのように、周りの景色や人物と同じように映っていた彼女という被写体にしっかりとピントが合っていく。


それは初めての感覚だった。




そして翌日、俺は最後の別れをするために公園へ行った。

しかし、その日待っても待っても彼女は来なかった。

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