悪女、戻る
私はその場で眠っていたかのように横になっていた。
夜の独特の静かさと、私を見下ろす木々たちが優しい月の光に照らされている。
そして、視線だけを動かすと白っぽい毛並みの馬が木の下に立っていた。
そこは見覚えのある場所だった。
私はゆっくりと身体を起こした。
先ほどあった出来事がまるで夢だったかのような不思議な感覚に陥る。
しっとりと湿っている頬に指先が触れる。
確かめるように、ほんのりと月明かりに照らされた全身を見た。
マオの香りがほんのりと残る服に、あの部屋で履いていたスリッパ、そして指には輝く宝石のついた指輪。
それは夢ではなかったことを物語っていた。
「ニァァオ……」
猫の声で私は我に帰った。
そして、草陰から黒猫がしなやかな動きで歩いてくる。
「黒猫ちゃん?もしかしてあの時の……」
「ニァァオ……」
それは、ラインハルトの魔法攻撃から庇ったあの猫だった。
私はその黒猫を抱き上げ、毛並みを優しく撫でる。
『……レイラ』
どこからともなく聞こえてくる声に私は周囲を見渡す。
『ここだよ、ここ』
私は自分の手元を見ると黒猫と目が合った。
『そうそう』
「えっ、黒猫ちゃん?」
『そうだよ、う〜ん……転移のせいか記憶がないみたいだね。思い出してごらんあの日僕に会いに会ったときのことを』
そういわれ、私はゆっくりと目を閉じ、自分の感覚を研ぎ澄ました。
そうすると、やんわりと靄がかかった記憶がゆっくりと鮮明になってきた。
♦︎♦︎♦︎
私は自分の処刑が決まってから、見張りの隙をついて馬を使い逃げていた。
誰も信じてくれない。
私は無我夢中で馬を走らせ、そしてたどり着いたのはこの森だった。
行く宛なんてどこにもない私は夜の森をただただ彷徨い歩いていた。
「ニァァオ……」
どこからか猫の声がしたので、周囲を見渡してみると茂みから1匹の黒猫が姿を現した。
「もしかして、あの黒猫ちゃん?」
「ニァァオ……」
「そう、無事だったのね……よかった」
ラインハルトの魔法攻撃から庇って以来、見かけていなかった黒猫に会えて私は少し安心した。
「じゃあね、黒猫ちゃん。私逃げないと処刑されちゃうの……」
そう言って、私は黒猫を撫でるとその場を去っていく。
すると後ろから声が聞こえてきた。
『やっと見つけた……レイラ……待って……』
私は振り返る。
しかし、後ろにはあの黒猫しかいない。
「まさか、黒猫ちゃんが話すわけないわよね?」
『僕だよ』
そう言って黒猫が近づいてくる。
思わず、私は驚き声を上げた。
「嘘でしょ!」
『嘘じゃないよ、だからよく聞いて』
私は信じ難い光景だったが、黒猫を信じて話を聞くことにした。
『レイラ……君は本当はこの国の人じゃない。異世界から来た人間なんだ』
「え?……どういうこと?」
『君の潜在的な魔力が欲しくて、この世界の人が別の世界から召喚したんだよ。だから、君には生まれた世界に戻る権利があるんだ』
私は黒猫が言っていることの意味がすぐには理解することができなかった。
そんな私の様子を見て、黒猫は付け加えるように話を続けた。
『でも、戻る為には君をこの世界に拘束している魔法を解かなくちゃならない。そして、そのためには君の1番大切なものを思い出す必要があるんだ』
「私が1番大切にしていた……もの?」
『そう。この世界の人たちは君のように異世界から召喚した人たちを、ここに拘束するために強力な魔法をかけているんだ。それはその対象の1番大切なものを代償に発動して、この魔法を完全に解く唯一の方法が、その1番大切なものを思い出すことなんだ』
「う〜ん……そう言われても……」
突然のこの話に、どういうことか頭が追いつかず悩んでいると、黒猫が再び話を始めた。
『ねぇレイラ、僕が少しだけ君にかかっている拘束魔法を無効にして元の世界に戻してあげる。あの日、自分の身を犠牲にして僕を守ってくれたお礼。だから思い出して……君の1番大切なものを』
そういうと、突然黒猫が淡い光に包まれて2匹になった。
私の元へ分身した方の黒猫が擦り寄ってくる。
『僕の分身だよ。この子も連れて行って』
すると、柔らかな光が私たちを優しく包み込んだ。




