その男、我に帰る
この部屋は思い出が多すぎた。
俺はレイラが去ってから部屋にいるのが辛く、仕事以外では事務所の練習室に篭り自主練をしたり、併設されたジムで身体を鍛えたり、なるべく外で過ごしていた。
そして毎日部屋に帰るたびに、レイラが戻ってきていないか一瞬期待してドアを開ける自分がいた。
その度に俺は勝手に期待を裏切られた気持ちになり、ひどく落ち込んだ。
レイラのいない日々は、まるでピースの足りないパズルのように、他のものでは替えはきかず、そこだけぽっかりと穴の空いたままの未完成品だった。
そして、俺の変化に一瞬でメンバー全員が気がついた。
事情も説明するだけで、胸が苦しくてたまらない。
そんな俺にメンバー全員寄り添うように日々誰かが練習室やジムに現れた。
「マオ、一緒に練習しよう!」
今日は、子犬のように人懐っこいハルがやって来た。
ハルはそう言って微笑みかけると俺が練習していた曲に合わせてダンスを始める。
俺はそれに合わせて踊るが、形だけでなかなか気持ちが入らないでいた。
翌日はリーダーのカグヤとグループで1番男らしい赤髪のリュウマがジムにやってきた。
横並びのランニングマシーンの左右にカグヤとリュウマが来る。
「マオ、いい感じのペースだな」
リュウマがそう声をかけるが、俺は上の空で返事をする。
リーダーのカグヤも俺のペースに合わせつつ足を動かしながら、話しかける。
「マオ、この後空いてたら一緒にご飯でも食べないか?ヤマトとミナトにも声をかけてるんだ」
「ああ……わかった」
俺はあまり気が進まなかったがリーダーのカグヤに誘われたので一緒に食事に行くことにした。
トレーニングを終えて、双子のメンバーのヤマトとミナトと合流すると事務所の近くのお店に行った。
そこは個室で周りの目を気にしなくていいようにカグヤが考えてくれたのだろうとすぐにわかった。
そして、ヤマトとミナトも俺を気遣うように振る舞う。
「マオくん、トレーニングお疲れ様!」
「ほらこれ飲んで」
「プロテインかよ……」
俺はミナトに渡されたプロテインを飲む。
それを見て、ヤマトたちが笑い声を上げた。
こうやって、メンバーといつも通り話していると少しは気が紛れて良かった。
しかし、食事を終えてみんなで同じマンションに帰宅してから自分の部屋に帰ってくると、急に現実に引き戻されるのだった。
広い部屋のあちこちにあるレイラとの思い出が俺をじわじわと苦しめる。
「レイラ……」
呼んでも返事はないとわかっているのに期待してしまう。
今にも玄関のドアが開いて帰ってくるんじゃないか。
もしくは寝室から眠そうにあくびしながら出て来て、俺が座っているソファーの横に座ってふわりと微笑みかけてくれるんじゃないか。
そう想像を膨らませながら俺は1人の時間を過ごす。
一体どのくらい待てばいいのか。
早く会いたい。
そんな気持ちを抑えながら長い夜が明けるのを待っていた。
♦︎♦︎♦︎
翌日、音楽番組の収録があった。
新曲ということでみんなの気合いも十分入っている。
「マオ、大丈夫か?」
リーダーのカグヤが俺のことを心配して声をかけた。
それに俺は黙って頷いた。
しかし、この日の収録はカグヤが危惧したとおり、ダンスも歌も俺は精彩を欠いていた。
そして、その収録後、楽屋に戻るとショーンに呼び止められた。
「ねぇ、マオマオ。さっきの収録どういうこと?大事なやつだってわかってるよね?」
「まあまあ、ショーン落ち着けって」
リーダーのカグヤがショーンを宥める。
ショーンは全く納得してない様子で俺の方を見ると、怒りを露わにした。
「マオマオ、いい加減にしろよ。いつまで、うじうじやってんだよ。レイラちゃんが戻ってきた時、こんなマオマオ見てどう思う?嬉しいか?喜ぶか?……ふざけんじゃねぇよ」
俺はショーンに言われてハッとした。
いつも俺のライブパフォーマンスを目を輝かせて見ているレイラ。
俺のグッズをこっそり集めてたり、ファンレターを書いてくれたレイラ。
レイラは……ずっと『Seven Summits』のファンとしても俺のことを応援してくれていた。
そんな彼女に今の姿を見せるわけにはいかない。
そして、レイラが戻ってきたときにガッカリするような映像を残してはダメだと気付かされた。
俺はショーンの言葉で我に帰った。
「……みんなごめん。そして、ショーンありがとう」
俺はみんなの目を見つめて誠心誠意謝った。
そして、レイラが戻ってきた時に目を輝かせるようなパフォーマンスをしようと誓う。
俺の顔つきと雰囲気が変わったのをみんな一瞬で理解した。
「さすがに、さっきの音楽番組は再収録するのは厳しいか……?ははっ」
俺が冗談っぽく本気でそういうと、メンバーたちが俺の周りを取り囲み、くしゃくしゃと頭を撫でた。
久しぶりに気を遣わない彼らの振る舞いに、思わず笑いが込み上げてきた。




