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悪女、離れたくない

マオがMVの撮影を終えて帰国してから、しばらく経ったある日のこと。


今日は頭痛がして調子が悪かったので、私はベッドに横になっていた。

それをマオは心配そうに見つめる。



「レイラ大丈夫?」


「えぇ、大丈夫よ。ただの頭痛だから横になれば治るわ」



そう言って私はマオのベッドに入って深く布団を被る。

私はマオの匂いに包まれながら再び眠りについた。




『ーーれいらちゃん』



なんだか聞き覚えのある懐かしい声。

そして、ぼんやりと浮かぶ少年。



『ーー大丈夫』


『ーー泣かないで』




どのくらい眠っていたのかわからない。

私は目を覚ますと涙を流していた。

それがなんなのかはわからないが私の中でとても大切なものな気がして胸が苦しくなる。


マオが帰ってくると泣いている私に気づき抱きしめた。



「レイラどうした?大丈夫か?」



私は安心するようなマオの香りに包まれて目を瞑る。

マオはそんな私の頭を優しく撫でた。



「心配でたまらない」



そう言って、マオは不安そうに私を見つめた。

私はそんなマオの頭を優しく撫でて笑顔を作る。



「大丈夫よ。……夢を見ただけ」



私はそれが果たして夢なのか定かではなかったが、マオを安心させるためにそう呟いた。

マオが納得したかのように抱きしめたまま私の背中を摩る一方で、私はさっき見た夢のようなものについて考えていた。




翌日、調子を取り戻した私は散歩に出かける準備していた。

その様子を見て、相変わらず過保護なマオは心配そうにしている。

そして、私はいつものように仕事に行くマオを見送りに玄関までついて行った。



「マオ、いってらっしゃい」


「レイラ、無理はするなよ。本当は俺がついていけたらよかったんだけど……」


「ふふっ、マオは心配症ね。大丈夫よ。お仕事頑張って」



私は過保護なマオを安心させるように微笑む。

すると、彼は優しく私を抱きしめて軽くキスをした。



「なるべく早く帰るから」



そういうとマオは名残惜しそうな表情を浮かべながら、先に家を出て行った。




マオを見送った後、私は準備して外に出た。

今日は晴れていて日差しが気持ちいい。


優しい風を感じながら歩いていく。

行く先は決めず、ただゆっくりと散歩する。


しばらく歩いていると、公園までやってきた。

子供達が遊具の間を駆けまわり、わいわいと楽しそうにはしゃぐ声が風にのって私の耳を通り抜けていく。


すると、突然激しい頭痛に襲われた。

視界がぎゅっと狭くなり、先ほどまで聞こえていた子供達の声がだんだん遠くなっていく。

私は耐えきれずゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。



『ーーれいらちゃん』


『ーーずっと守るから』



再びあの声が聞こえる。

不思議と安心するような男の子の声。


すーっと頭痛が治り、狭く暗くなった視界がだんだんと元に戻っていく。

そして立ちあがろうとすると、ふと自分の手が目に入った。


指輪をした手が薄く透けている。

慌てて反対の手も見ると同じように薄くなっている。


一体何事かと思い、私は立ち上がってもう一度手を見た。

すると、それはいつもと変わらない私の手だった。


きっと頭痛のせいで見間違えたのだと、私は自分に言い聞かせた。

その嫌な予感が、まるで溢したインクのようにじわじわと私の心に染みてくる。


私は何となく早くマオに会いたくなり、家に帰ることにした。




家に帰ったが、マオはまだ帰ってきていなかった。

私はソファーに座りテレビの電源を入れ、『Seven Summits』のライブ映像を付けた。

これはマオがいない時の私の帰宅後の日課である。


相変わらず、マオはステージの上に立つと人が変わったかのようなスイッチの入り方で、その完璧なパフォーマンスに目を奪われる。

そして1曲聞き終えると、ますますマオに会いたくなった。


まだ帰ってこないのかなとソワソワしていると、映像が次の曲へと変わった。

『Seven Summits』にしては珍しく少し悲しげな曲で、繊細なイントロが流れてくる。


今は聞きたくない気分だったので、私は変えようとリモコンに手を伸ばした。


すると、ふと自分の手が目に入った。

嫌でも見えてしまう。


見たくないと目を逸らすが、その視線の先にある少し透けた自分の身体が容赦なく私に現実を突きつけた。


身体がそれを拒絶するように私の呼吸が乱れる。

そして、心の中で叫ぶ。



ーーいやだ。



透き通った身体は、先ほどのようにすぐに元に戻らない。

息が乱れ、口に出せない言葉が心の中で響く。



ーーいやだ、いやだ。



ちょうど、そのとき玄関が開く音がした。

マオの足音が聞こえてくるが、私の身体はまだ戻らない。



ーーいやだ、受け入れたくない。



私は部屋に入ってきたマオに駆け寄り抱きしめると、ただならぬ事態だと察したのか、マオも私の身体を強くそれに応えた。

しかし無情にも私の身体は戻らないまま、またさらに薄くなる。


マオを抱きしめる力がだんだんと曖昧になっていく。

それに違和感を持ったマオが私の方を見た。



「レイラ……その身体……」



私の身体が透けていることにマオが気づいた。

これは悪い夢で、マオ待っていたら寝てしまったんだと思いたかった。

だから気づいてほしくなかった。

この夢から醒させて欲しかった。


でもそれは違った。

しかし、それを受け入れられない私の身体は拒絶するように黙って首を振り、心の中の自分もそれに足掻く。



ーーいやだ、離れたくない。



私は自然と涙が溢れる。

そのキラキラと光る粒はゆっくりと頬を流れ、マオの身体にポタリと落ちた。

降り始めた雨のようにポツポツと落ちる涙を止める方法はない。


私は、ようやくマオとの別れの時が来ているということを受け入れる決心をした。



「ごめん……マオ、ごめんなさい……」



私は詰まりながら、ここで初めて言葉を発した。

するとマオの目に溜まっていた涙がこぼれ落ち、頬を伝う。私はそれを優しく指で拭うと、マオが声を絞り出した。



「ねぇ、レイラ。行かないで……」



私は何も言わずに、次々にマオの目からこぼれ落ちてくる涙を指で拭き取った。

マオは止めどなく流れる自分の涙を気にする余裕もないほど切羽詰まった様子で口を開いた。



「頼むから……レイラ……」



マオは私を更にしっかりと抱きしめた。

私は自分の瞳に溜まる涙で視界がぼやける。

そして、優しくマオの頭を撫でた。



「マオ……ありがとう。とっても幸せだったよ」


「ふざけんなよ、ずっと一緒にいるって約束しただろ……」



マオはそう言って、私の顔を見るために少し身体を離した。

そして私の目に溜まる涙を拭おうとするが、もうかなり透けているので触ることができない。

私も同様にマオの頬を流れる涙を指で拭うことはできなくなっていた。



「マオ、私……戻ってくるから」


「絶対戻ってこい……約束だ」



マオは最後に私の身体を1ミリも離さないようにしっかりと抱きしめた。



それから、私は優しい光とともに姿を消した。



散らばった光が消えた後、ここには他に誰もいなかったように『Seven Summits』の音楽だけが流れ、マオの嗚咽だけがその存在を証明するかのように静かに響いていた。


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