その男、愛でる
朝、目が覚めるとレイラの可愛らしい寝顔が横にある。
一瞬まだ夢の中かと錯覚するほどの幸せを感じながら俺は起こさないように先にベッドから出た。
昨夜はレイラの悪女とは思えないような純真な一面を知った。
ただそんな彼女の姿を見て、俺は抑えられるわけもなくレイラにありったけの愛を囁いた。
たぶん無理させてしまっただろうなと反省しつつ、朝食か昼食か微妙な時間の食事を用意する。
メニューは、最悪ベッドでも食べられるようにパンとフルーツにコーヒー。
パンをトースターに入れ、手際よくフルーツを洗う。
カップにふわりとコーヒーの香りが漂い始めた頃、おぼつかない足取りでレイラが部屋から出てきた。
俺はすぐに彼女の元へ向かう。
「大丈夫?」
「マオのばかっ!」
「無理させてごめん」
そう言って少し拗ねた様子のレイラの頭を撫でると、寝起きのふわりとした髪が俺の指からするりと流れる。
すると、レイラが伏し目がちに呟いた。
「……次は手加減してよね」
俺の手がピタリと止まる。
人形のように長いまつ毛と、陶器のような白い肌がほんのりと赤く染まるのが目に入った。
俺はそんなレイラを抱きしめる。
すると服の隙間から昨日俺が付けた印がチラリと見え、つい心の声が漏れた。
「あ〜……やばい、今日出かけたくなくなってきた」
その意味を察したようにレイラが俺の胸を軽く叩く。
そんな姿も愛おしく、俺は更に彼女に夢中になっていた。
♦︎♦︎♦︎
食事を終えてしばらくゆっくりと過ごした後、もともと予定していたデートに行く準備をする。
レイラはいつも通り男装して美少年になっていた。
行く先は映画館。
基本的に人混みなど目立ちそうな場所に行くことが出来ない俺がたまの休みの日に出かける場所だ。
少し立地の悪い場所に建つ、人の少ない映画館。
そこでなるべく見る人が少なそうなマイナーな作品を選ぶことで平和に1人の時間を楽しむことができるのだ。
今日は別々に映画館に行き、上映前に合流する。
初めは一緒に行こうとしていたが、レイラが一緒にいるとついそばに寄って甘く囁きたくなってしまうので、人目を気にする俺にとってリスキーだと彼女に言われて、このような形になった。
俺は玄関まで見送りに来ていたレイラに声をかけた。
「じゃあレイラ、またあとで」
そう言った後で無性に名残惜しくなり、男装しているレイラの頬を撫でた。
くすぐったそうに俺を見る彼女が愛おしくなり唇を奪う。
そして、舌を優しく絡ませると甘い吐息が隙間から漏れた。
そんな彼女に夢中になっている俺を現実に引き戻すかのように、俺の携帯が鳴った。
俺は仕方なくレイラからゆっくりと唇を離し、電話に出でた。
相手はマネージャーの高橋からで今日急遽だが時間がある時に事務所に寄って欲しいとのことだった。
俺はレイラとの時間を邪魔されて若干機嫌が悪かったが、先ほどの余韻が残る甘ったるい表情をした彼女を見たらそんなことどうでも良くなった。
「……ねぇ、レイラ?やっぱり一緒に行こう?」
「ダメ!だってマオすぐそういうことするでしょ!」
「……否定はできない」
「ほら!じゃあ、先に家を出て!遅れちゃうわ」
俺は少し残念に思いながらレイラの頭を撫でると先に家を出た。
その後しばらくして、レイラから無事に家を出たというメッセージが届いた。
マクスの下で俺は思わず顔を緩めた。
さっきまで一緒にいたのに、もう彼女を恋しくなっている自分がいた。
そして無事上映時間直前にスクリーンの前で合流することができた俺たちは、ほっとお互いを見合わせる。
レイラはワクワクした様子で周囲の席をキョロキョロと見渡した。
「ねぇ、マオ。私たちだけしかいないわね」
2人っきりで周囲を気にせずに過ごせるのはありがたかった。
少しすると、映画の上映が始まり周囲の明かりが落ちて暗くなった。
俺はレイラの方を向き、彼女との微妙な距離を埋めるように手を差し出した。
するとレイラはふわりと微笑み、俺の差し出した手の上に白く華奢な手をポンと置く。
俺は満足げにその手を包み込むと、レイラに微笑み返した。
迫力のある音と大きなスクリーンが俺たちを映画の世界へと引き込んでいく。
時折、静かな瞬間に横を見ると彼女は真剣にスクリーンを見ていて、愛おしく感じた。
俺は抱きしめたくなる気持ちをグッと抑えながら、握っていた彼女の柔らかな手に指を絡ませた。
そして映画を見終え、俺は事務所に寄って帰らないといけなかったので別々に帰宅した。
部屋のドアを開けると、食欲をそそる美味しそうな香りが漂ってくる。
どうやら先に家に帰ったレイラが料理を作っているようだ。
「マオ、おかえりなさい」
「ただいま」
まるで夫婦のような会話に2人は微笑み合う。
レイラは長い黒髪を高めの位置に1つにまとめていて、動くたびにそれがふわりと揺れる。
華奢で色白な首筋が露わになり、目が合うと赤く熟れた果実のような唇の両端がきゅっと上がり、猫のように少しつり上がった目尻が優しく下がる。
俺は耐えきれず料理を作っているエプロン姿のレイラを後ろから抱きしめた。
「カレー?」
髪を1つに結び無防備なレイラの耳元で俺が囁くと、彼女は少し顔を赤くしながら答えた。
「そう、梨花子さんに教えてもらったの」
そういうとレイラはゆっくりと鍋を混ぜる。
なんだか俺のことを意識しないようにしているレイラに意地悪したくなり、彼女の耳に軽く息を吹きかけた。
一瞬甘い声が漏れ、レイラは鍋をかき混ぜるのをやめて耳をガードするように手を当てた。
「マオ、危ないからやめて」
レイラは少し怒ってたが、嫌そうな表情ではなく頬を赤くする彼女を見て俺は鍋の火を止めた。
そして、レイラを少し抱きかかえ鍋から離すと、そのまま優しく壁に背中を押し当てた。
俺と壁の間に挟まれるような形になったレイラが少し驚きながら俺を見つめる。
俺はそのまま彼女との距離を縮め、顔を近づける。
「ねぇ、味見させて?」
「えっ、まだできてなーー」
そう言いかけたレイラの唇を塞ぐ。
話していた途中で中途半端に開いた彼女の口に舌を入れ、ゆっくりと味わうように掻き回すと、甘い吐息と熱く絡み合う舌の音が彼女の唇の隙間から漏れてくる。
一方的に満足して唇を離すと、俺にペースを乱されたレイラは少し怒っている様子でその柔らかな唇にグッと力を入れて黙っている。
先ほど俺が消した鍋に火をつけたところで、彼女はようやく口を開いた。
「そんな意地悪ばっかりしてたら、マオの分も全部私が食べちゃうからね」
伏し目がちにそう言うと、黒髪の艶のあるポニーテールをふわりと揺れた。
そして、顔を合わせることなく小さな声でレイラが呟いた。
「ご飯を食べてから……ね」
そう可愛らしく言う彼女の言葉の意味を察して、今度は俺の方が思わず顔を赤くしてしまう。
そして、再び漂ってくる美味しそうな香りに部屋が包まれた。




