その男、揶揄う
暗い夜道を抜けて、灯りが多くなっていく。
俺はなるべく人目につかない道を選んで進んでいた。
レイラのペースに合わせているのでいつもより少し時間がかかる。
しばらく歩くと、夜に慣れた目には眩しいほど明るい光と、きちんと剪定された木々にピカピカに磨かれたタイルが俺たちを出迎える。
「……着いたよ」
固まっているレイラに声をかけると、レイラはハッとして俺の方を見た。
「何この建物……高すぎない?」
「いや?そこまで高くないけど」
「こんなもの見たことないわ」
レイラはぐっと上を見上げる。
あまりに上を見過ぎて、バランスを崩してよろけるレイラを支えた。
「ありがとう、助かったわ」
レイラは再び落ち着きを取り戻した様子で再び歩き始めた。
そして、そのまま俺は住人専用の人目のつかない入り口の方へと向かいセキュリティを解除して、専用のエレベーターに乗る。
すると、レイラが不思議そうに口を開いた。
「なにこれ?新しい魔道具なの?」
「違うよ。ここの世界に魔法とか魔道具は存在しないから」
俺がボタンを押して扉を閉めると、エレベーターが進み出す。
すると突然レイラが俺にしがみついてきた。
「……マオ、私なんだかこれ苦手みたいっ!こわいわ」
「大丈夫だから落ち着け」
俺は宥めるように、しがみつくレイラの頭を被っているフードの上から撫でた。
目的の階に着くとエレベーターの扉が開き、レイラは我に返ったように再び強気な表情に戻った。
俺はその様子を見てクスリと笑うと、レイラが顔を赤くしながら口を開く。
「……忘れなさい」
「嫌だね」
「もうっ!」
そういうと、レイラはプイッと怒ってそっぽを向いた。
そして、部屋の前に着き、俺がドアを開けるとオートで玄関の明かりがついた。
すると、レイラがキョロキョロと辺りを見渡す。
「突然明かりがついたんだけど……?」
いろいろなものにいちいち反応してくるレイラが面白くなり、俺は彼女を少し揶揄いたくなった。
ほんの出来心である。
俺はレイラに真剣な表情を向け、普段より低い声で語りかける。
「ここは……昔、幽霊屋敷だったんだ。幽霊はいつものように主人を出迎えてーー……」
反応が気になりレイラを見ると、彼女が涙目になりながら耳を塞いでいるのに気づいた。
そんなレイラの予想外の反応に俺はやりすぎたなと思い、耳を塞いでいる彼女の手をどけた。
「ごめん……やりすぎた。明かりが突然ついたのはそういう仕様だから」
レイラが潤んだ目で俺を見る。
そして、先ほどの話は冗談だと理解してムッと顔を膨らませるレイラの表情が少し可愛く思えてきて、俺は再び彼女を揶揄った。
「幽霊怖いの?」
「怖いわけないじゃない!子供じゃあるまいし」
「あっ……向こうに何かいる……」
「ひゃぁぁあっ!」
レイラが俺の後ろに隠れたのを見て、俺は堪えきれず笑い声を漏らした。
「また騙したわね……覚えておきなさい」
レイラの顔に怒りが込み上げている。
俺はそんな彼女を受け流しつつ部屋の中へと入っていった。
中に入るとレイラは俺の方を向き、不思議そうに口を開いた。
「……ところで、使用人は?こんなに豪華なところなんだから何人かいるでしょ?」
「いや、俺1人だけど」
「えっ?貴方、1人で住んでるの?」
レイラは素直に驚き、そして2人しか部屋にいないことに気がつくと少し気まずそうな表情を浮かべた。
それを察して俺が先に口を開く。
「……何もしねぇよ」
「ふ〜ん……」
レイラは再び余裕を取り戻した様子で、悪戯っぽく微笑み、俺を上目遣いで見つめる。
そして徐に俺の頬にすらっとした小さな手を当てると、彼女の体温が肌から伝わってくる。
「試すなよ」
「ふふっ。大丈夫そうね」
悪女のような微笑みを浮かべるレイラから、俺は妙に目が離せなくなっていた。