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その男、夢中になる

それから、メディア対策などの打ち合わせを終えて俺は一旦家に帰ることになった。

記者に話しかけられても一切回答せずに事務所を通してからのコメントを出すとのことで、マネージャーの高橋やほかの社員の協力のもと目立たない場所から車に乗り、そのまま家へと帰る。



「マオ、おかえりっ」



家に帰ると何も知らないレイラが和かに出迎える。

掃除をしていた様子で、彼女のいつも通りの笑顔に自然と癒される。



「ただいま」



一言だけで何かを察したようにレイラが口を開いた。



「マオ?何かあったの?」



心配そうに覗き込む猫のようなつり上がった彼女の瞳をかわして、いつも通り話す。



「いや、別に」


「そう……?」



レイラは気のせいかといった表情で再び家の掃除をし始める。

そんな、いつも通りの姿を見ていると俺も気持ちが少し落ちついた。



次の日、また次の日、そのまた次の日と時間だけが過ぎていく。

俺の捏造記事による炎上は収まることなく、連日のワイドショーやSNSなどで憶測が飛び交っていた。


それはまるでクリスマスツリーのように、多くの人の手によってどんどん飾りを増やしていく。

その飾りが本物かどうかなんて、誰も気にしない。

ただ目立つツリーに飾っているだけで、責任も何も感じない。

ただ彼らは飾り付けられたそれを眺めているだけなのだから。


そしてきっと、時期が終われば押し入れへと収納され、次第に人々の記憶から薄れていくのだろう。


しかし、クリスマスの当日を迎えるまで沢山の飾りを付けたツリーは人々の前に堂々とあり続けるのだ。


そこまでメンタルの弱くない俺ですら、こうして憶測や噂で飾られ言いたいように言われ続ければ少し参ってしまう。



この日もいつも通り、撮影部屋でSNS用の動画を撮り終えると、俺のことを心配したメンバーが声をかけてきた。

そんな彼らに対して俺は平気そうに振る舞うと、そのまますぐに自分の部屋に戻った。



「マオ、おかえり」



レイラの顔を見ると緊張がほぐれる。

たまたまレイラはテレビを見ていたようで、タイミング悪く俺のニュースが流れる。

テレビの中の綺麗に着飾ったコメンテーターが強い口調で、それが事実だと確信しているような発言を繰り返す。



「交際相手の女性にこんなことをするなんてーー……」



俺は無表情でその画面を見つめる。

すると、そのテレビの音が聞こえなくなった。

目の前のレイラが俺の耳を塞ぎ、テレビから目を逸らさせるように顔を自分の方へ向かせたからだ。


彼女はいつになく悲しげな表情を浮かべ、ただ黙ってそのニュースが終わるまで俺の目を見つめていた。

きっとこの記事のことをレイラは今まで知っていたが、俺が話すまであえてこのことに触れなかったのだろうと察した。


そして次のニュースに変わる頃、レイラがゆっくりと俺の耳から手を離した。



「マオ……私は知ってるわ、貴方はそんな人じゃないってこと。だからこんなの耳に入れる必要なんてない。いい?マオ、貴方は私の騎士よ。だから、ずっと私だけの声を聞いて私だけを見るの。わかった?」



レイラはそういうと、強気の笑みを浮かべる。

俺は彼女のそんな発言に呆気にとられながら、次第に込み上げてくる感情に耐えきれず声を出して笑った。

久しぶりに笑ったような気がして、だんだんといつもの調子に戻っていく。


俺はまるで騎士のようにレイラの前に跪く。

溢れる彼女への気持ちを抑えながらレイラの手を取ると、俺は華奢で陶器のように美しい手の甲に軽くキスをした。


彼女の白い肌が徐々に赤みを帯びていく。

そして頬をりんごのように赤く染めたレイラに向かって俺は声をかけた。



「……レイラ、ありがとう。俺はレイラだけをずっと見ていくから覚悟しておいて」


「えぇ、もちろん。当たり前でしょ?」



レイラのいつも通りの強気な振る舞いに俺は再び笑い声を上げる。

それにつられるように彼女の輝くような強く美しい笑顔が俺に向けられた。



レイラが悪女でよかった。


悪女でなければ、彼女は処刑されることから逃げる必要もなく向こうの世界で今も穏やかに生活していただろう。


この世界に来ることなく。


でも、もう俺はこの世界に彼女がいないということなんてあり得ないし、考えられない。


いや考えたくもない。


彼女の魅力的な笑顔の見られない世界なんて、滅びた方がマシだと思うほど、俺は心底彼女に夢中になっていた。

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