その男、懐かれる
「さぁ、貴方の家まで案内して頂戴」
レイラはそう言い放つと、俺の真横に堂々と立った。
薄闇にドレスがキラキラと輝き、華奢なレイラの身体に沿って流れるラインが彼女の美しさを際立たせる。
「何で俺の家に来る気満々なんだ」
「ん?だって、貴方は私の騎士ですもの。側で仕えるのだから仕方ないでしょ?」
「俺にだって拒否権はある」
「……ぐすんっ……こんな知らないところにひとりなのよっ……もう少し優しくしてくれたって……ぐすん」
レイラは突然目元を押さえて、声を震わせる。
明らかに嘘泣きだと思っていても、俺は少し不憫に思えてきて、同情して声をかけた。
「……仕方ないから、今日のところは家に来ていいから」
「さっ、じゃあ行きましょう」
「切り替え早すぎんだろっ」
レイラは先ほどまで俯いていた顔をスッと上げてニコッと笑うと、エスコートしろと言わんばかりに俺の前に手を出して構える。
仕方がないので、俺がその華奢な手にそっと自分の手を添えると、レイラは悪女のように艶っぽく微笑んだ。
「ふふっ、よくできました」
レイラの上から目線の発言に俺は少しイラつきながらも、彼女の悪女スマイルに反射的に顔が赤くなる。
惚れたというわけではないが、こんな顔を見せられて赤くならない男なんていないだろう。
決して、これは言い訳なんかではない。
俺たちはそのまま月明かりのランウェイを歩くようにゆったりと足を進める。
「そうだわ、聞くの忘れてた。貴方のことはなんで呼んだらいいのかしら?」
「マオでいいよ」
「マオ、いい名前ね。これからよろしく頼むわね」
そう言ってレイラが足を止めて見つめると、俺は少し恥ずかしくなり耳を赤くする。
そして、目を逸らしたまま歩き出した。
ふとレイラを見ると、この時期にしては薄着なので少し寒そうにしている。
早く気づいてあげればよかったと後悔しながら、俺はレイラから手を離し、自分の着ていた上着に手をかけた。
突然どうしたのかという表情で俺を見るレイラに、フードのついた薄手の上着をかける。
手元より少し長い袖を指先で抑える彼女は急に幼く見え、思わずその姿を見つめていると、レイラは何事かときょとんとした表情を浮かべる。
「ありがとう。マオは寒くない?」
「俺は大丈夫」
「そう。それならよかったわ」
そういうとレイラが再び手を差し、俺はその手をそっと握った。
そして、ふと俺は自分の立場を思い出す。
「ねぇ、ちょっとごめん。目立つといけないから」
それだけ言うと、俺はレイラの上着のフードを頭に被せた。
すると、フードを被ったレイラが俺の方を見つめて口を開く。
「似合うかしら?」
レイラはそう言って少し楽しそうに微笑んだ。
俺は自分のポケットに念のため入れていたマスクを付け、軽く手で整える。
すると、レイラが俺のマスク姿を不思議そうに見つめて言った。
「なんで、わざわざそんなもので顔を隠すの?」
「いろいろあるんだよ」
「……貴方も大変なのね」
そういうとレイラは深く追求することなく、先ほどと変わらず俺の横をついて行く。
初対面でこんなに怪しい動きをしているにも関わらず、俺になんの警戒心もない彼女に尋ねた。
「ねぇ……俺が本当に悪いやつだったらどうすんの?」
「ふふっ。マオは悪い奴じゃないでしよ?」
「そんなこと、わかんないだろ?」
俺はレイラの前に立つと、彼女の顎に指先を当て、その顎を少し上げて俺の方を向かせた。
彼女は怯える表情なく微笑みながら口を開く。
「私の勘がそういってるわ。貴方は悪い人じゃないって」
「なんだそれ」
「ふふっ、私にもわからないわ」
レイラの顎から指を離すと、くしゃっと笑う彼女に釣られて俺も笑みが溢れた。
いつも1人で歩いていた夜道が今日は少し賑やかに感じる。
風の音も虫の声も今夜は耳に入らない。
ただ2人の足音だけが月明かり照らす夜に響いていた。