その男、嵌められる
俺がレイラに対しての気持ちを自覚してから、彼女が更に可愛く見えて仕方がない。
この前収録の合間にふらりと立ち寄った雑貨屋さんで、俺が衝動買いした猫のしっぽのような変わったデザインのペンをレイラにあげた。
すると、彼女も気に入った様子でこっそりと毎日持ち歩いているのを見て思わず俺までにやけてしまう。
これは俺のメンタル的な問題なのか、実際に彼女がどんどん可愛くなっているのか、どちらかはわからない。
ただ一つ言えるのは、振られて今の関係が変わることへの不安から、レイラに気持ちを伝えられないヘタレだということだ。
レイラがライブに来ていたあの日、俺は思わず自分の気持ちが口に出てしまった。
しかし、タイミングが良かったのか悪かったのか周りの雑音にかき消されレイラにそれは伝わらず、今に至る。
あれからどんどん大きくなっていく気持ちは俺の日常生活にも影響を与えていた。
ふとしたときに頭の中に浮かんでくるのはレイラの笑顔で、仕事の時間が空けば、つい彼女のことを考えてしまう。
そして仕事が終われば脇目も振らず一直線に家へと帰り、実物の彼女の笑顔を見るのが楽しみになっていた。
恋とは恐ろしいーー。
この日、仕事は休みだったが俺の携帯が鳴った。
相手はマネージャーからで、電話越しにでも緊急事態という雰囲気が伝わってくる。
詳しくは事務所に来てから伝えるとのことで俺は嫌な予感がして憂鬱な気持ちになりながら支度をした。
そして事務所の前に着くと、周辺いた記者たちに取り囲まれる。
「マオさん!週刊誌に出ている女性の件は事実ですか?」
「これは事実なんでしょうか、マオさん」
「マオさん、ひと言だけお願いします」
ひっきりなしに話しかけてくる記者たちを避けるように事務所に入っていく。
シャッターが音と光を放って降り注ぎ、ビデオカメラも静かに俺の姿を追う。
俺は一体何事かと思いながら案内された部屋へと向かった。
中にはマネージャーと会社の上層部、さらには社長までもが集結していた。
そして俺が中に入ってくると、みな難しそうな表情を浮かべていた。
すると、マネージャーがテーブルの上に置いてあった週刊誌を俺に手渡した。
【衝撃】国民的ボーイズグループ『Seven Summits』マオ、交際相手の歌手に暴行
このような見出しで始まった記事は、俺がその歌手と本当に付き合っていて、暴力を振るったと決めつけるように書かれていた。
そして、同様に他のメディアでも写真等での証拠が出ていると報道された。
俺は、呆れてため息を漏らした。
おそらく、この一件によって俺の今まで積み上げてきたものが全て崩れることになるだろう。
たとえそれが事実でないとしても。
「マオ、この件について君の口から聞きたい」
マネージャーの高橋が真剣な表情で俺を見つめる。
俺は至って冷静に口を開いた。
「まずこの件に関して、これは事実ではありません」
まずそれを聞いてマネージャーの高橋は安堵の表情を浮かべた。
俺はそのまま話を続ける。
「この記事に出ているA子という歌手の女性ですが、おそらくこの人であろうという予想はできてます」
メンバーやそこに居合わせた人たちが騒つく。
少しざわざわが収まると再び俺は口を開いた。
「以前、同じ音楽番組に出演したことのある渋川愛子という女じゃないかと思っています」
この名前を聞いた瞬間、部屋が静まり返った。
なぜなら、この渋川という女はかなり俺に粘着していたのをみんな知っていたからだ。
「……渋川愛子」
マネージャーの高橋が悔しそうにテーブルを叩く。
渋川は、馴れ馴れしく好意を持って俺に俺に絡んできていた女で、俺は特に相手にしていなかったがSNSなどで故意に匂わせたような投稿をされて迷惑していた。
そして、それだけでなく俺の私物を持ち帰ったり、盗撮紛いのことをしていたが証拠が不十分なのと、彼女が他の大手事務所だったので警察沙汰にするわけにもいかず、結果共演NGにすることしか出来なかった。
妙に厄介な女だった。
そして、今回その女がこの記事に書かれている嘘の出来事をいろいろなメディアに吹き込んだのだ。
しかし、俺はそれを否定する証拠がなかった。
写真データは加工で上手いこと事実のようにでっち上げられていて、加えて普段からもSNS等で勝手に匂わせていたこともあり、それを否定することが難しい状況になっていた。
この場にいる全員が頭を抱える。
しばらく沈黙の時間が続いた後、社長が初めて口を開いた。
「とにかく、この件に関しては全面的に事実ではないということを言い続けるしかないだろう。とりあえず、マオはきついだろうが自粛なしで活動し続けられるか?」
「はい、わかりました。この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
そう言って俺は黙って上に従うだけだった。
それから少し経って、事実確認が済んだ後マネージャーに呼ばれた『Seven Summits』のメンバー全員が集められた。
みんな心配そうに俺のことを見ている。
俺は黙ってみんなに頭を下げて口を開いた。
「みんな……ごめん。このまま事態が収まらない時は……。その時は……俺はこのグループから抜けるから」
マネージャーから話を聞いて記事が事実ではないと知っているメンバーたちが一斉に顔を上げる。
そして、子犬のように目を潤ませているハルが真っ先に口を開いた。
「なんでっ!マオのせいじゃないじゃん!」
「マオマオが辞める必要はないよ」
薄ピンク色の長い髪のショーンが瞳に怒りを滲ませながら言う。
それに続いて、赤髪の短髪のリュウマと双子のヤマトとミナトも反対の声を上げると、最後にリーダーのカグヤが俺をじっと見て口を開いた。
「マオはこのグループにとって必要な存在感だ。早くこの問題を解決して次のライブに向けて準備するぞ」
そういって、カグヤが力強く笑う。
決して見放したりはしないというメンバーの熱い想いを受け、俺は目頭が熱くなった。




