悪女、初参戦する
マオがいない生活に慣れてきた頃だった。
マオ経由で連絡先を交換していた結子から電話がかかってきた。
『もしもし、レイラちゃん〜。いまから家に行っても大丈夫?』
「えぇ、もちろん。大丈夫よ」
『じゃあ、向かうね〜』
そういって電話が切れてから数分後、結子が部屋にやってきた。
コーヒーを淹れて結子の前に置くと、カップからふわりと漂ういい香りに包み込まれた。
きっと、バイト先の経験が活かせているはずだ。
そのコーヒーに結子は口をつけると笑顔を浮かべた。
「とても美味しい!レイラちゃんありがとう」
そう言われて、自信満々に胸を張り褒められた喜びが滲み出る私を見て結子がクスリと笑う。
「レイラちゃん何か変わったわね。トゲトゲしさ?みたいなのがなくなった」
「そうかしら?」
私は結子にそう言われて初めて気がついた。
確かに向こうの世界にいた頃とは全く違う今の環境の影響かもしれない。
そう思っていると、結子が本題に入った。
「ねぇ、今度マオたち帰ってくるでしょ?一緒に見に行かない?」
そういうと、結子は紙切れのようなものをヒラヒラさせた。
何のことか分からずに首を傾げる私を見て、結子が驚くように口を開いた。
「もしかして……レイラちゃんって、マオたちが何をしてるか知らないの?」
私がポカンとしていると、結子が話を続ける。
「信じられないっ!マオって本当何も言ってないのね!」
そういうと、結子は自分のスマホを取り出して私に見せてきた。
「これよ、マオは『Seven Summits』っていうボーイズグループでアイドルをやってるの」
「これが……マオ?」
見せられたのは、ダンスを踊って歌うクールな雰囲気漂う金髪のミディアムヘアの男。
確かによく見ればマオだと気づくが、スイッチが入ったように魅惑的な表情でパフォーマンスをする彼は、まるで一種の芸術のようだった。
私は結子の声で現実に引き戻される。
「それで、今回帰ってきてライブあるんだけど一緒に行かない?私もリュウマに秘密で行こうと思ってるんだ」
そういうと、結子は恋する乙女のような顔になる。
結子とリュウマが付き合っていることを思い出して、私も微笑ましい気持ちになりながら口を開いた。
「……でも、私も行っていいのかしら?」
「いいに決まってるじゃん!一緒に行こう!」
押し切られるようにそういわれて、私は結子と一緒に初めてライブに行くことになった。
♦︎♦︎♦︎
そして、とうとうライブの日がやってきた。
結子が部屋に迎えにきて、私たちは会場へと向かう。
かなり早い時間だと思ったが会場には既に多くの人がいて、グッズを売っているという場所には列ができていた。
私たちはその列に並び、他愛もない話をしながら順番を待つ。
「ほんっと、いま私の部屋はグッズでいっぱい溢れててさ。いまだに実家から持ってきた荷物も片付いてないし、そろそろやらないといけないと思ってるんだけど時間ないのよね。思い出があるものはいつまでも捨てられない質でさ。溜まる一方なのよ〜」
そう言って結子がバツ悪そうに笑う。
私は友達が出来たようで嬉しい気持ちになりながら結子の話を聞いていた。
そうこうしているうちに自分の番が近づいてくると、結子が真剣な表情で警告する。
「レイラちゃん……グッズ売り場はかなり危険だから気をつけて……」
私は結子の言っている意味があまり理解できず、不思議そうに彼女を見ていた。
それから私は梨花子から貰った初めてのバイト代を握りしめ、売り場のグッズを選んでいた。
すると、結子がサポートするように私に話しかける。
「マオのグッズはこれだよ。メンバーカラーが白だから、白系のものが多いわね。あと、このペンライトは買っておいたほうがいいよ」
そう言われて、私はペンライトとマオの小さなぬいぐるみを選んだ。
白い衣装を着た金髪のミディアムヘアでニヤリと笑う姿に思わず、私も笑みが溢れる。
そして、私はぬいぐるみやペンライトなど幾つか購入した。
ただ恐ろしいことに、握りしめていたバイト代がほとんど残っていないことに気がついた。
結子の言った通り、ここは危険な場所だと私は身を持って理解して震え上がった。
それから、始まりまでソワソワしながら結子と小さな声で会話する。
会場は少し薄暗く、独特の雰囲気が漂っていて、これから起こる出来事に私は胸をワクワクさせていた。
「レイラちゃん、たぶんめちゃくちゃいい席だよ……これは」
結子はもうすでに感極まった表情を浮かべていた。
その時私は前の方でもないこの席のどこがいいのかわからなかった。
しばらくして、ズーンと身体中に響くような音楽が会場を包み込む。
その合図とともに何本もの光の線がステージに集まり、雲のような煙が全体を包み込むとその中から人影が現れた。
すると、会場は音楽をかき消すほど大きな声援に包まれる。
大きな映像を映し出す画面や、綺麗に装飾されたステージを盛り上げるようなカラフルな光、耳の奥まで入り込んでくる大きな音楽に、私は衝撃を受け立ち尽くしていた。
時折り大画面に映るマオは、飄々とダンスを踊っていて、三白眼気味のクールな目元に少し上がった口角が何とも魅力的でだった。
そして、その儚げな王子様のような美しさに少しドキッとしてしまう。
だんだんと私はこの場所の空気と世界観に飲み込まれていく。
キラキラと光るペンライトを握る自分の手が興奮で少し震えていることさえ気づかない。
何曲か終わった時、少しブレイクタイムが設けられていて
、そこで目を輝かせている結子と目が合った。
「ねっ、最高でしょ?」
そういうと顔を赤くした結子がにっこりと笑うのにつられて私も笑顔になる。
「ええ、こんなの初めてだわ」
「でもね、レイラちゃん。まだまだこれからよ」
そういうと結子はニヤリと笑った。




