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悪女、寂しがる

私は今夜もマオの寝室のドアを叩く。

昨日来た時よりもどことなく優しい表情を浮かべた彼がドアを開ける。



「ねぇねぇ、マオ!今夜は1人でも寝られる気がするわ」



私はマオに今日取ってもらった大きな猫のぬいぐるみを胸に抱いて言った。

マオはその様子を見てクスリと笑う。



「わざわざそれを言いにきたのか?」


「えぇ、何か問題でも?」


「ふっ……いや別に」



そう言ってマオは軽く笑って私の頭をポンと撫でると、何か思い出したかのように話を続けた。



「そういえば、しばらく家には帰れないから」


「えっ?」



私は急に不安になる。

そんな私の表情を見てマオが口を開いた。



「しばらく、仕事で海外に行ってくる」


「かいがい……?」


「ああ、簡単に言うと遠くに行くってこと」


「ふ〜ん……」



ダメ元でチラリとマオの方を見ると、マオがそれを察して首を振る。



「連れて行くのは無理だ。そもそも梨花子のところで明日からバイトだろ?」


「そうだったわ!忘れてた」


「……おい。大丈夫か?」


「えぇ、余裕よ」



私は自信満々に答えると、マオはそれを怪しむような視線を送る。



「何かあったら梨花子を頼って。俺も時間あったら連絡する。あとスペアの鍵をテーブルの上に置いておくから」


「わかったわ。いってらっしゃい……」



私は心なしか少し気分が落ち込む。

そんな様子を察したのかマオの大きな手が私の頭をポンポンと撫でた。



「なるべく早く帰るから」



そういってマオは説得するように、優しく私を見つめる。

彼にそんな表情を向けられて私の鼓動は少し早くなった。




♦︎♦︎♦︎


翌日、朝早くマオは部屋を出て行ったようで少し物寂しいリビングで1人朝食をとる。

そして、身支度を終えると初めてのバイトへ向かった。

外に出て深呼吸すると、肺いっぱいに少し冷たい空気が流れ込んでくる。

私は男装まではいかないが、ボーイッシュな格好に身を包み、昨日の記憶を辿りながら同じ道を歩いていく。

大通りから少し細道に入り、少し行くと目的の場所に着く。

そして、木製のドアをゆっくりと開けると、カランカランという穏やかな音とコーヒーの香りが出迎える。



「……あの」


「あ〜!レイラちゃん、おはよう!」



私の声に反応して奥から梨花子がにこやかに何かを持って出てきた。



「じゃあ、まずはこっちで制服に着替えて」



そう言われ、私は案内された店の奥へと入っていくと先ほど手渡された制服に着替えた。

シンプルな白シャツに膝丈の黒いスカート、そして少し可愛いエプロン。

そんな姿に身を包み、私はワクワクしながら梨花子のところへ行った。



「おお!レイラちゃんよく似合ってる!じゃあ、仕事を大まかに教えていくわね」



それから、私は梨花子から仕事を大まかに習った。

中でも敬語というものは難しい。

なかなか上手く話せなかったが、梨花子もそこまで口調に関しては注意することなく、お客さんも常連さんばかりで優しかった。

初めてのバイトにしては、上出来だったに違いない。


そして初めてのバイトを終えると、梨花子の提案で夕食を食べて帰ることになった。

お客さんのいない店内で2人で食事しながら話をする。



「レイラちゃん、今日はお疲れ様!そういえば、マオって今海外に行ってるのよね?困ったことあったら言ってね」


「ありがとう……ございます。助かるわ」


「帰りは送って行かなくて大丈夫?」


「えぇ。大丈夫よ……です」


「じゃあ、ちゃちゃっと食べて暗くなる前に帰りましょ」



そういうと梨花子が優しく微笑む。

私はグダグダな敬語を上手に使えるようにならないといけないなと思いつつ、テンポよく夕食を食べ終え家に帰った。


家に着くと、リビングのライトを付ける。

ただいまと言っても返事のない部屋は、どことなく寂しかった。

寂しいのには向こうの世界で慣れていたはずだったのに、人の優しさや温かさを知ってしまえば、自然とそれに飢えてしまうようだ。


私は1人では大きすぎるソファーにポツンと座り込み、寂しさを誤魔化すようにテレビをつけた。


すると、私の携帯が存在を主張するように音が鳴る。

私はマオに習った通りにぎこちなく人差し指を使って操作すると、中から安心するような声が聞こえてくる。



『もしもし』


「マオ!」


『ははっ、声でか。ちゃんとバイト行けた?』


「もちろん!あのねっ、私頑張ったのよ!朝もちゃんと起きて、お店にも1人で行けたし、お客さんにコーヒーを出したりレジをしたり、たくさんのことを覚えたのよ。帰りも1人で帰って来れたし……」



マオの声を聞いて嬉しくなり、捲し立てるように早口で話していた私の声が徐々に曇っていく。

するとマオは電話越しにクスリと笑い、何かを察したように再び話し始めた。



『レイラ……寂しいんでしょ?』


「そ、そんなことないわ」



私は言い当てられて動揺する。

そんな私の声を聞いてマオが言った。



『寂しかったらいつでも電話していいから。出られない時もあると思うけど、その時は遅くなってもかけ直す』


「……ありがとう」


『じゃあ、そろそろ切る。あと、帰りは夜遅いと危ないから近くてもタクシー使って。梨花子にも伝えとく』



そういうと、マオからの電話は切れた。

ほんの少しの時間だったが彼の声の余韻が残っているかのように家の中の寂しさが和らいだ。


そして、この日も私はマオに取ってもらった大きな猫のぬいぐるみを抱いて眠った。

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