その男、茶番に付き合わされる
姉の梨花子は楽しそうに、週刊誌の記者のようにズカズカと人のことを詮索してくる。
俺がそれを軽くあしらっていると、その矛先がレイラに向かった。
「ねぇ、レイラちゃん。真緒とどういう関係なの?」
「ん?マオは私の騎士よ」
「……ぶふっ!ちょっと騎士って何よ。どういうこと?ぶはははっ、お腹捩れそう」
予想の斜め上をいくようなレイラの発言に梨花子が腹を抱えて笑っていた。
そして、レイラはどんな質問でも答えるぞといわんばかりの自信に満ち溢れた表情をしている。
俺が最初に事情を説明していなかったのが悪いが、こんな状況になってしまい、ため息混じりに口を開いた。
「レイラ……ちょっと話がややこしくなるから黙ってて」
そういうと、俺はレイラとの出会いと今の状況を簡潔に伝えた。
梨花子は疑う様子もなく、俺の話を素直に聞き入れている。
そして俺が全て話し終えると、梨花子はレイラをまじまじと見つめた。
「確かにこうやって見ると、いかにも悪女として断罪されそうな見た目だわ」
「……マオ、凄く失礼な発言された気がするのだけど?」
「……ぶっ」
梨花子の発言に思わず吹き出してしまった俺をレイラが冷たく睨みつける。
あからさまに不機嫌な態度をとるレイラに気づいた梨花子が揶揄うように俺に声をかける。
「ほら、真緒!騎士様の出番よ。姫のご機嫌をとりなさい!……ぶふっ」
騎士というワードがツボに入ったようで、吹き出す梨花子を俺は冷たく睨みつけた。
そして、今度は不機嫌な姫に目をやる。
男の格好に1つに縛られた長い黒髪が中性的な雰囲気を醸し出していた。
そして、俺が見ていることに気付いたようでチラリとグレーの瞳が動く。
あからさまに顔をプイッとさせる態度が子供のようで、なんか可愛らしい。
俺は仕方がないのでレイラの前に行って声をかけた。
「機嫌直せよ」
「……ふん、言い方がなってないわ」
「はぁ……勘弁してくれ。実の姉の前で何をさせる気だ」
梨花子はその後の展開を期待するように笑いを堪えながら、煽るように口を開いた。
「ほらほら、真緒!早く姫の機嫌をとらなきゃ〜!」
この状況を面白がっている梨花子を睨みつつ、俺はレイラに目をやった。
おそらく機嫌も直っているレイラは不機嫌そうなふりをして、俺がどう振る舞うか期待するような目でチラチラと俺を見ていた。
本人は気づいていないが、容易にわかる彼女の思考に少しイラッとしつつ、仕方がないのでそんな我儘な姫の前に行く。
そして付けていた黒いマスクを顎の下までずらして跪き、レイラの華奢な手を取ると、レイラは不機嫌そうな演技のまま目線だけを俺に向ける。
「……お嬢様、ご機嫌なおしてください」
俺が棒読みでそういうと、レイラは満足した表情を浮かべ、梨花子は笑いを堪えきれず吹き出して爆笑している。
こんな茶番に付き合わされ、俺は人として何かを失ったような目で、そんな2人を見ていた。
それから、ひとしきり笑い終えた様子の梨花子と機嫌の治ったレイラは今後のバイトの打ち合わせをする。
レイラは意外と真面目に話を聞いていて、俺は彼女の悪女らしくない一面を見た気がした。
♦︎♦︎♦︎
それからバイトの打ち合わせを終え、俺たちは家へと帰っていた。
レイラが1人で梨花子の店に来るとき迷子にならないように、案内がてら行き来た道と違う道を通っていた。
平日なので人は少ない。
ただそれでも俺にとっては多少のリスクがあったので早歩きで進んでいく。
俺はレイラがちゃんと付いて来ているか確認して振り返る。
スラリとした手足を優雅に動かして、深めにマスクを付け、男装している彼女は、改めて見ても美少年だった。
すると、そんなレイラがふと何かが気になった様子でガヤガヤと音が響く方を見つめる。
「……マオ?何あれ?」
「ゲームセンターだけど、行ってみる?」
俺がそう言うと、レイラは少し近づいて興味津々にクレーンゲームを見つめる。
彼女の視線の先には、大きな猫のぬいぐるみが助けを求めているかのようにコロンと転がっていた。
「欲しいの?」
レイラが俺をチラリと見て黙って頷いた。
俺は仕方がないのでポケットから財布を出すと100円玉を機械に入れる。
音楽が流れ始めて、大きなクレーンが猫のぬいぐるみの真上まで行くとゆっくりと降りてきて掴み上げる。
しかし、猫のぬいぐるみは持ち上がったものの力無くストンと下に落ちる。
「「あー……」」
自然と俺たちの残念そうな声が重なり合うと、お互い目を合わせクスリと笑った。
それから、俺は100円玉を何回入れたかわからない。
取れなくても面白く驚いたり、悔しがったりするレイラの表情を見ていると俺も楽しくなって何度もゲームを繰り返していた。
そして、待ちに待ったその瞬間はやってきた。
その大きな猫のぬいぐるみがしっかりと持ち上がり、そのまま出口に落ちたのだ。
ようやく取れたぬいぐるみを手渡すと、レイラが嬉しそうに笑いながら抱きしめた。
レイラはガヤガヤと騒がしい音楽が流れるこの場所で、声が聞こえるように俺の耳に顔を近づける。
「マオ、ありがとう!」
そして、少し顔を離すと今日1番の笑みを浮かべた。
マスク越しだったが、彼女のその表情に俺は思わずドキッとした。
♦︎♦︎♦︎
俺はいろいろとやることがあったため、家の近くまで来るとレイラを先に帰らせた。
それから用事を済ませて部屋に帰るとやけに静かで、俺は何事かと思いリビングのドアを開けた。
そこには男装のまま、結んでいた長い黒髪をほどいたレイラがソファーで眠っていた。
少しアンバランスではあったが、これはこれで良いと思わせるような魅力的な格好で思わず俺は見惚れていた。
すると、気配に気づいたのかゆっくりと瞼が動いた。
「んっ……あ、もう帰ってきてたの……。おかえり」
まだ半分夢の中といった喋り方でレイラが起き上がる。
俺はハッと我に帰り口を開いた。
「あ、ああ。ただいま」
そういうと寝ぼけてている様子のレイラはふわりと笑い、眠気を覚ますかのようにゆっくりと身体を伸ばした。
「ふぁ〜……気づいたら寝ちゃってたわ。あ、ところでどこに行ってたの?」
「ああ。スマホ契約しに行ってた」
「すまほ?」
俺は紙袋の中に入っているものを出した。
そして、箱を開けてレイラの手にポンと置く。
「俺が今持ってるのと同じやつ。これさえあれば何かあった時にすぐ連絡取れるから」
「へ〜、便利なのね」
するとレイラは落ちていた書類が目に入り、ぽつりと呟く。
「マオって、五十嵐真緒っていうのね」
「ああ」
「ふ〜ん……」
しかめっ面で何か考え込むレイラの様子が気になって、俺は声をかけた。
「どうした?」
「……いや、なんでもないわ」
そういって、レイラは何事もなかったかのように振る舞った。
俺はその態度が気になりつつも、彼女がそう言うので深く追求はしなかった。
そして、再びレイラがスマホに目をやるとそれを掲げる。
「何やってんの?」
「いや、魔道具でもこんなもの見たことなくて凄いなって思って」
「気に入った?」
「ええ、もちろん」
そういうとレイラは嬉しそうに笑った。
俺はそんな彼女の横に腰掛けると簡単な操作を教える。
そして一通り聞き終えると、レイラは俺の方にカメラを向けた。
「ねぇ、マオこっち向いて」
そう言われて俺はレイラの方を見るが、なかなかシャッター音は鳴らない。
真剣に画面を見つめて、慣れてない仕草で操作する彼女がもどかしくなり、ぐっと近づいて画面を覗き込んだ。
「動画になってる。ほら貸して」
そう言って俺はレイラの手の上からスマホを握り、指先で操作するとインカメに変えた。
四角の画面に2人の姿が映る。
俺は驚くレイラに一瞬だけ顔を寄せると、素早くシャッターを押した。
「もう!マオッ!私が先に撮ろうとしてたのに」
頬を膨らませて怒るレイラに向かって俺は悪戯っぽく微笑んだ。
すると心なしか彼女の顔も少し赤くなったように見える。
「ねぇ、レイラ。ごめんって。今度プリン買ってくるから許して」
彼女は目の色を変えてキラキラとした表情で微笑んだ。
俺だけに向けられたその笑顔につい触れたくなる。
俺の中で警告音はもう鳴らない。
きっともう引き返せないところまできてしまったからだ。
たぶん、こうなることは決まっていたのかもしれない。
初めて会った時から、きっと俺は彼女にーー。




