その男、悪女を拾う
ドームの中を覆い尽くすような光の海の先に7人の男たちがパフォーマンスをしていた。
眩いライトの演出とステージの装飾がより7人を際立たせる。
そして、その男たちの歌声、動きに合わせて観客の甲高い声が響いていた。
彼らは『Seven Summits』という国民的ボーイズグループで今や世界でも活躍している。
その彼ら中でも1番目立つ金髪のミディアムヘアの男がいた。
その男は『マオ』といい、三白眼気味の切長の目でクールな表情を浮かべながら、飄々とダンスを踊っている。
その姿はまるで儚げな王子様のように美しい。
彼が時折少し甘い笑顔を浮かべると、観客は息を呑み、その唇から漏れるように甲高い声を上げた。
そんな観客を煽るように彼はステージの上から手を振っていた。
そして今夜その男は、悪女を拾うーー。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
それは、月が綺麗な夜の出来事だった。
涼しい風が肌を流れ、夜空に浮かぶ満月が夜の闇を照らしている。
耳を澄ませば、風や虫の音、噴水の水が一定のリズムを刻み、それはまるで自然の音楽のように静かな夜に彩りを添えていた。
公園の道沿いには、所々を照らす灯りがぽつんぽつんとあり、じんわりと広がるその光は夜に溶け込む。
俺は大きな仕事の前後は、よくこうして1人ベンチでその静寂に身を委ね、昂った感情を抑えていた。
しばらくして俺はそろそろ家に戻るかと思い、道に沿う灯りを辿るように歩いていた。
ーーガサガサ
俺は突然の物音に身体を強張らせ警戒した。
職業柄、人につけ回されることが良くあるからだ。
ふっと、その茂みから出てきたのは黒猫で、トコトコと俺に近づいてくる。
人じゃなかったことにほっとしつつ、俺はしゃがんで手の届くところまで来た黒猫をそっと撫でた。
気持ちよさそうに黒猫は喉を鳴らすと、俺も先ほどの緊張感から解放されたように顔が緩んだ。
そして、その黒猫はハッと顔を上げると俺から離れた。
「ニァァオ……」
俺のことを振り返るように歩く黒猫が気になって、自然とその後をついていった。
黒猫は灯りで照らされている夜の隙間にステップを踏むように進みながら、少し進んでは俺がついてきているか確認するように振り返る。
野良猫とは思えない毛並みのその黒猫は、まるで優雅なダンスを踊っているかのようにリズミカルに闇を駆けていく。
そして、道から少し外れ、人が近づきそうにないところにやってきた。
薄闇の満月が寝室の常夜灯のように佇む。
その暗さに次第に目が慣れてくると、俺は持っていたスマホのライトをつけることなくついていった。
すると、ふっと黒猫が立ち止まった。
「ニァァオ……」
黒猫の目線の先を見ると、星空のように輝くドレスを着た女が横になっていた。
ドレスから見える華奢な白い手足に、長く艶やかな髪は夜空のように深く黒い。
俺が戸惑っていると、黒猫がぴょんと身軽に女に飛び乗り、月明かりに照らされて柔らかな光を放ちながら姿を消した。
「……なっ」
驚きのあまり俺は思わず声を上げると、その声に気づいた女が身体を動かした。
「……ん」
女の瞼がゆっくりと開き、少し釣り上がった瞳と目が合った。
身体を起こすと、赤く熟れた果実のような小さめの口にキュッと力が入る。
「……あなた誰?」
「いや……それは俺の台詞なんだけど」
俺のその言葉に、女は不満そうな表情でキッと睨みつける。
俺は女からそういうリアクションをされたことがなかったので、少し対応に困りつつも、気軽に名乗ることもしたくなかったので、そのまま話を続けた。
「体調悪いなら救急車呼ぶけど?」
「きゅうきゅ……?いえ、結構よ」
女はツンと俺の優しさを跳ね除ける。
そして、サラッとした艶やかな黒髪を指先で遊びながらじっと見つめると、口を開いた。
「ねぇ貴方、魔法で私の服と髪を誤魔化してくれない?」
「は?魔法?」
「えぇ、この格好だと目立ちすぎるでしょ?簡単にでいいの、まあ最悪髪でも切って良いから目立たないようにして頂戴」
そう言って、俺の方を挑発するように見つめた。
やばそうな雰囲気漂う女から早く解放されたかったので、俺はあくまで冷静に諭した。
「何を言ってるのかよくわからないけど、もう暗いし早く家に帰ったら?」
「家……」
女はボソッと呟き、少し悲しそうな表情を浮かべる。
「貴方も知ってるでしょ?私は……処刑されるのよ」
「は?処刑?」
俺は何を言っているんだと言わんばかりの表情で女を見ると、彼女は冗談を言っている様子もなく淡々と話を続けた。
「そう、知らなかったのね。服装からしてここの国の人じゃないものね」
「……いや俺、ここの国に住んでるんだが」
俺は冷静に彼女の発言にツッコミを入れると、それに反応し、彼女はふっと鼻で笑った。
「それなら、私のこと知ってるでしょ?ほら?こう言えばわかる?この国一の悪女レイラ」
「全く知らない」
そうあっさりと返すと、逆に女の方がグイッと詰め寄ってきて、俺はそれに圧倒されるように少し後ずさりした。
そして、女は作り笑いを浮かべ先ほどとガラリと変わって可愛らしい声を出す。
「ゴホッゴホッ!えーーっ、初めまして。せ、聖女レイラでぇす」
両手を握り締め、おねだりするかのように頭をコテンと横に倒すレイラに俺は真顔で言った。
「さっき悪女って言ってただろ?忘れねぇよ」
「……チッ」
「本性現すの早すぎるだろ」
レイラは再びクールな表現を浮かべ、俺から目を逸らした。
そんな彼女が急に気になって、今度は俺から話しかけた。
「てかさ、アンタがやってるそれってキャラ?」
「……キャラって何よ?」
「いや、だから。その派手なドレスとか魔法とか悪女とかって素でやってんじゃないだろ?」
レイラは不思議そうな表情を浮かべながら言い返す。
「何言ってるのかよくわかんないんだけど?」
「は?ガチ?」
嘘ひとつないような表情に俺は思わず声を大きくし、彼女をまじまじと見た。
肌は陶器のように白く透き通っていて、長い艶のある黒髪に少しつり上がった瞳と熟れた果実ような小さな唇。
ドレスもよく見れば高級感のある生地で仕立てられていて、佇まいにも品があった。
そうまじまじと見る俺に、レイラが怪しむような眼差しを向ける。
「……何?」
「いや、別に」
俺がぶっきらぼうにそう返すと、レイラはふわっと髪を靡かせながら再び口を開く。
「ねぇ、ところで私の馬を知らない?」
「は?馬?」
「そうよ?……おかしいわね。なんでいないのかしら?白っぽい毛の子なんだけど」
レイラはキョロキョロと左右を見る。
いたって真面目にそう言っている彼女を見て、俺は戸惑いながら口を開いた。
「本当にアンタは何者なんだ?」
「はぁ?だから、エスアールド王国のレイラよ」
「エスアールド王国……?」
「貴方、本当に何も知らないのね」
「それはこっちの台詞だ」
レイラは猫のようにクリっとつり上がった瞳で俺をじーっと見つめる。
そして、不思議そうに口を開いた。
「それはどういうことかしら?」
「ここにエスアールド王国なんて国は存在しない」
「はっ、馬鹿なこと言わないでよ」
「本当だ」
するとレイラはじっと俺の顔を見た後、表情に嘘がないとわかったのか黙り込む。
俺はそんな彼女を見ながら話を続けた。
「正直ただの頭のおかしい奴だと思ったけど……至って正気そうなアンタを見て、信じがたいがたぶんアンタは別の世界から来たんじゃないかと俺は思ってる。ここには魔法なんて存在しないし、今どき馬で移動することも絶対ないからな」
レイラはしばらく考え込むと、開き直ったかのように艶のある黒髪を掻き上げた。
そして、レイラの吸い込まれそうなグレーの瞳が俺を捉える。
「はぁ……よくわからないけど、処刑を免れたことだし。……まぁいいわ。貴方、私の専属の騎士になりなさい」
「……は?」
俺はレイラの言葉に度肝を抜かれる。
今まで人に付き纏われることはあったものの、誰かに付き従うよう命令されたことなどない。
俺はレイラが面白く思え、ふっと吹き出した。
その様子を真剣な表情で見ていたレイラが口を開く。
「何笑ってるの?これからは私の騎士として、よろしく頼むわよ」
「なんで、そんなに上から目線なんだよっ」
俺は思わずツッコミを入れると、レイラはそんなこと1ミリも気にせずふわりと優雅に微笑んだ。
その表情はこの世の全ての男を手玉に取る悪女のように魅力的で美しかった。