9:結婚式に備える。
「その暗い緑色を」
「こ、こちら、ですか?」
たぶん王太子妃用の私室に行き、慌てて持ってきたのでしょう。現在の状況などを鑑みた色合いとかは関係なし。なので、並べられたものの中には暗めの色も多々ありました。
国王陛下の目の色にもある緑と、この国の象徴色も緑、そして祝の席なのにダークカラー。良いんじゃない?
「ええそれよ」
「承知致しました」
侍女たちが少し焦りつつも、着付けてヘアセットと化粧も施してくれました。
――――あら? このドレス、胸元もしっかりと閉まっていていい感じね。
湯殿から戻り、国王陛下にドレス姿をお見せすると、ニヤリと笑われました。なぜなら、陛下は式典用の服だったのですが、葬送用礼服を着られていました。
「まぁ!」
「ははは。考えることは同じか」
この結婚式の直後から、王太子殿下を廃嫡するための会議を始める気なのだとか。
国王陛下はそれで大丈夫なのでしょうか?
亡くなられた王妃殿下の事も、王太子殿下の事も、ちゃんと愛されていたと思うのですが。
「そうだな。若い頃はまだ心が残っていたからな、次の王妃をと言われてもなかなか首を縦に振ることはできなかった。だが十七年も経てば、違った思いも溢れてくる」
国王陛下がゆっくりと歩み寄られ、私の目の前に立たれました。
陛下の手が頬に添えられたのがなんとなく嬉しくて、そっと私の手を上から添えました。
「ニコレッタが社交界に出るようになり、アレのためにと奮闘する姿を見ていて、心が締め付けられていた。申し訳ない気持ちと、私のために頑張ってくれているんじゃないかという勘違いで」
「勘違い?」
「あぁ、ニコレッタが頑張るほどに、私は君に支えられていると感じることが出来ていた。君が頑張っているのだから、私はしっかりと国王を務めなければ、とな。そうすれば君の憧れの私でいられるから」
陛下も、同じ時期に同じ気持ちでいてくださっていた。それだけで今までが報われるような気がしました。
憧れから淡い恋心に変わっていったのは、社交界デビューした十六歳頃からだったと思います。
「若いニコレッタに思いを寄せていた私を気持ち悪いとは思わないのか?」
「全くです。むしろ……嬉しくて…………泣いてしまいそうです」
せっかく化粧してもらったのに。
慌てて瞬きを繰り返して、必死に涙を散らしました。
陛下はこれから宰相閣下や重鎮たちと緊急会議を行うそうです。
各国の王や使者の前での断罪や糾弾などは言語道断です。
国内役職各位がすべて理解して嘲笑の的とし、王太子殿下と義妹、お父様と義母、四人だけが幸せで完璧な結婚式だと思えるようにしてやろう、という計画のようです。
「公爵も共に処罰の対象としているが、構わないな?」
国王陛下がスッと真顔になられました。初めて向けられる厳しい眼差しに一瞬だけ怯んでしまいました。
もちろん、お父様もそうなるだろうと予想していましたし、反論もありません。本心を言ってしまえば、『ざまぁ』です。
「因果応報、ですわ」
「ふっ。そうだな。爵位等の処遇は後々決定する。先ずは今日の結婚式と各国の招待客たちをどうするかだ。草案は考えているが、細かなところを詰めるぞ。時間は……あと四時間か。まぁ、なんとかなるだろう。行くぞ」
国王陛下が右手を差し出されました。
これは、緊急会議に一緒に参加していいということ、隣に並んで歩いて良いということ。
きっと今から行く場所で、国王陛下と私の行いを非難する人々も出てくるでしょう。
私があの公爵家の娘だから。
私が王太子殿下の婚約者だから。
王太子殿下には年上すぎて、国王陛下には年下過ぎるから。
でも、私は幸せな未来を掴み取ってみせます。
陰でどれだけ悪女と呼ばれようとも、初めて手放したくないと思える場所が出来たのですから。
「はい。どこまでもお側に」
「ん、いい顔だ」
国王陛下が私の顔を見てフッと微笑まれました。
夜中に私が訪れたときは、全てを諦め、ただ終わらせてしまおうと決意した目をしていたと言われ、驚いてしまいました。
「どれだけの間、私がニコレッタを見ていたと思っているんだ」
ニヤリと勝ち気なお顔で笑われる国王陛下。
今朝から初めて見る表情や態度ばかりです。
「陛下は素を隠すのがお上手すぎますわ」
「国王だからな。だが、ニコレッタには見せてもいいだろう? 私の妃になったのだから」
「っ…………」
この国王陛下、本当は女たらしではないでしょうか。
こんな事を言われてときめかない女などいるのでしょうか?
現に、私は真っ赤になってしまっていますし。
今から戦いの場に向かうというのに、少しだけ気が緩んでしまいました。