8:陛下の部屋で――――。
◇◇◇◇◇
耳横で切りそろえられている緩やかなウエーブのかかった金髪。金と緑の二色に見えるようなヘーゼルの瞳。少しだけ生えた無精髭。ガウンから覗く男性らしく厚い胸板。
三八歳という男盛りの国王陛下の色気にちょっとアテられ気味です。
「陛下……」
陛下と何度も唇を重ね、抱きしめられ、熱に浮かされたような感覚がとても心地良いです。
「ニコレッタ、逃げるなら今だからな?」
「――――え? きゃっ」
国王陛下にふわりと抱き上げられました。
上半身が不安定で、慌てて陛下の首に抱き着くと、陛下がくすりと笑いながらまたキスをくださいます。
そうしている内に、いつの間にやら国王陛下の主寝室であろう部屋に入っていました。
「ここは……」
「ニコレッタ、今から妻にする。嫌なら早く言え。私は……止まれない」
「っ――――」
今から。
妻に。
…………つまり、抱くということ。
身体がふるふると震えます。
恐怖ではなく、高揚感から。
「そうだ、既成事実を作る。だがこれは、奴らの逃げ道を絶つためじゃない。ニコレッタ、お前を逃さないためだ」
だから、本当はそのつもりがないのなら、早く逃げろ。そう国王陛下が何度も言います。
広いベッドに寝かされ、覆い被さってくる陛下の顔を見つめます。
陛下も私と同じ熱に浮かされているのでしょうか?
薄く開けられている唇が何度も閉じたり開いたり。深呼吸を繰り返しながら、潤んだ瞳も閉じたり開いたり。
「逃げませんよ」
陛下の両頬に手を添え、自らそっと唇を重ねました――――。
長年秘めた想いが成就することもあるのですね。
力の入らない身体を、陛下が愛おしそうに抱き締めてくださいます。
「陛下、私……何が何でも男児を産んでみせますわね」
「っ、はははは! 久しぶりだな。こんなにも楽しい気分は」
悪女は義妹なのか、私なのか。微妙なところですね。
「明日、というか今日だな。大丈夫か? ニコレッタ」
「まぁ……もう朝日が」
「すまんな。久しぶりすぎて――――」
陛下が少しだけ恥ずかしそうにそっぽを向かれました。
「可愛いです」
「っ!? いや、だいぶいい年齢なんだが?」
それでも、可愛いのです。
「結婚式はどうされますか?」
「ん。王妃の席に座りなさい」
「いいの……ですか?」
昨日の今日で、王太子殿下の花嫁が義妹にすげ替わり、花嫁予定だった私が王妃の席に座るなど、陛下にとって醜聞以外の何でもないと思うのですが。
「いい。私が座らせたい」
陛下は思っていたよりも甘やかし上手なようです。
「せっかく作ったウエディングドレスを着せてやれずすまないな」
「よいのです。何の想い入れもありません。いつか陛下が新しく作ってください。そして陛下の前だけでも良いので着させてください」
本心からそうお願いすると、陛下がぎゅむむっと強く抱き締めて来られました。
ちょっと潰れてしまいそうです。
「はぁ…………全く。幸せとはこういうものだったな」
陛下が感慨深そうに呟きながら、溜め息を吐かれました。
最近は気持ちが高揚することもなく、ただ淡々と毎日をこなしていたそうです。王太子殿下のことも半ば諦め気味だったとのこと。
もし自分がもっと熱意をもって対応していれば、また違う未来があったのかもしれない、と謝られてしまいました。
事後ね……な現場を見て色々と驚きはしたものの、まぁそうなるでしょうね、と思ってしまいました。私もほぼ諦めていたんだと思います。
それに、これでやっと解放されるのかと思うと、仄かに笑みが零れそうになっていました。
「私は、この未来が最良だと感じています」
「ニコレッタは本当にいい女だ――――」
「――――陛下! 結婚式を行うよう宰相と担当官と話し合いませんと」
「ふっ。既に、王妃の能力は備わっているようだな」
陛下が楽しそうに笑いながら起き上がり、湯殿の準備をさせてくると主寝室を出ていかれました。また唇にキスを落としてから。
主寝室に入ってきた侍女たちが一瞬だけ目を見開いたものの、その後は何も言わずにこやかに私を湯殿に案内し、手伝いをし、私の部屋から持ってきたのであろうドレスを並べていました。
「どれにいたしましょうか?」
「そうね――――」
少しだけ、あの二人にとって挑発的なドレスにしても、いいかもしれませんね?