7:嫌な予感しかしない。
クスクスと嘲笑い続ける方と、白い目をした方、嫌悪感を滲ませる方、そんな方々ばかりになってしまった晩餐会。
誰一人として味方は――――いえ、国王陛下だけは味方かもしれません。とても心配そうにこちらに目を向けてくださっていますから。
視線が合った瞬間にふわりと微笑まれ、直ぐにいつもの凛々しいお顔に戻られました。
「さて、みな揃ったかな? 私の息子である王太子が、聡明で美しいニコレッタ嬢と明日結婚する。めでたい席だ、どうかみな笑顔で過ごしてくれ」
国王陛下のお声かけで晩餐会が始まりました。
晩餐会の席次は国王陛下を中心として、左右と向かい側それぞれに、中心人物や位の順で男女交互に座るようになっています。
今回は私達の結婚の祝の席なので陛下の向かい側に王太子殿下と私が並んで座るようになります。
そして私の隣はお父様、陛下の両側は義母と義妹…………。
席次については、宰相閣下と担当官と何度も話し合いましたが、この並びしかどうにも無理だとなりました。せめて、陛下の隣に私と殿下が並んで座れればと思っていたのですが、それも駄目でした。
結局、地獄絵図のような席次になってしまい、陛下には大変申し訳なく思っています。
晩餐会中、義母が国王陛下に擦り寄りながら執拗に話しかけていました。陛下は笑顔で応えつつも、反対側の義妹に話しかけたり、正面の私達に話しかけたりと、驚くほどに大人の対応をされマナーを守られ続けています。
私の隣に座られている王太子殿下は、気もそぞろな返事ばかり。視線は義妹の胸に固定。
そんなにも揺れる胸や谷間が見えることは、魅惑的なものなのでしょうか?
そして私の反対側に坐っているお父様は、陛下に擦り寄る義母を見ながらハラハラとするばかり。
――――本当に、地獄絵図だわ。
地獄絵図のような晩餐会が終わり、多くの男性たちと一部の女性たちは、お酒の席へと移動します。
私は早朝から準備があるため、早々に退席することになりましたが、王太子殿下は主役なので、お酒の席に残って皆様と歓談するとのことでした。
数日ほど前から王太子妃用の私室に住み始めました。
隣は夫婦の主寝室、更にその隣は王太子殿下の私室で、三部屋が横並びになっており、現在はそれぞれの私室にあるベッドにて眠ります。
明日からは基本的に主寝室を使うこととなるのでしょう。
まだ勝手の慣れない部屋と環境のせいなのか、明日のことで気持ちが高揚しているのか、なかなか寝付けません。
窓を開け、風に乗って届く人々のざわめきに耳を傾けていると、段々と睡魔が襲ってきました。
廊下を歩く足音、人の声、ドアを開け閉めする音……夢現で、『あぁ、殿下が戻られたのね。遅くまでご苦労様でした』と考えたところまでは覚えています。
甲高い嬌声と何かが軋む音で目が覚めました。
ベッドから起き上がり、サイドテーブルにあった水を飲み、深呼吸して考えます。
先程から薄らと聞こえる声と音。
――――嫌な予感しかしないわね。
晩餐会からのお酒の席は夜遅くまで開催されるので、ほとんどの人がお城に宿泊をします。我が家族もそう。義妹も、もちろん。
クローゼットから深緑で厚手のナイトガウンを取り出し羽織り、ゆっくりと歩を進めます。
左手にランプを持ち、主寝室と私の部屋を繋ぐ扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと開きました。
キィィィ、バタン、と何ともいえない侘しい音を立てて、扉が閉まりました。まるで私の心の音のようです。
「ちちちちがうんだ、ニコレッタ! こ、これは……!」
肩まで伸ばしている金色の髪の毛をしっとりと湿らせ、王太子殿下が慌てて駆け寄ってきます。ほぼ全裸で。
王太子殿下のベッドには、身体はある程度隠しているものの、両肩と胸の谷間をドドンとはみ出させている赤髪の義妹がいました。
それはそれは気だるそうな顔で、乱れた髪を直しながら半身を起こしています。
――――事後ね。
「……殿下。きちんと責任を取って、義妹と結婚してさしあげてくださいませね?」
「「え?」」
頭もお股もゆるゆるの義妹は、ラッキー!とでも言いそうな笑顔です。王太子殿下は幼さの残る空色の瞳を揺らしながら、私はどうするのかと聞いてきます。
――――そんなの決まっているじゃない?
責任を取ってもらいましょう。国王陛下に。