それぞれの物語①
●●●●●side:フェルモ
ずっとモヤが掛かった世界にいた。
ずっと夢の中にいたみたいだった。
可愛い女の子が誘ってきて、沢山のキモチイイことをしていたら、可愛い女の子が悪魔みたいに叫びだして、世界が真っ赤に変わっていた。
「ニコレッタ、どこ?」
「王妃陛下は会議に出られていますので、本日は来られませんよ」
ぼくのニコレッタは、ぼくのものにならなかった。
「ニコレッタは?」
「明日の朝に顔を出されるそうです」
「そっか」
段々と頭の中のモヤが薄れてきたって、自分でも判断できるようになった。
閉じ込められた世界の中で、ぼくは緩やかに死んでいくんだろうか?
「おはようございます」
「…………おはよ」
約束通り来てくれるニコレッタ。
大きくなったお腹を抱えて、わざわざ階段を登ってきてくれる。
「父上はやっぱり会ってくれないのかな?」
「お伝えはしているのですが」
「うん。ありがとう」
いつか、父上にいっぱい迷惑を掛けてごめんなさいって謝りたい。
ヴィオラを手に掛けたぼくは、きっとここから出られないから。ぼくからは父上に会いにいけない。
「ごめんなさい、したい……」
「そうですね。また、お伝えしてみますね」
「うん。ニコレッタも、ごめんね」
頭の中がぐちゃぐちゃで、何でこうなってるの? って思うときと、色々と思い出して、こうなるしかなかったんだって納得出来るときがある。
未だに頭の中にはモヤが立ち込めているけど、少しずつ見えるようになってきたんだ。
いつか、父上のお手伝いが出来るようになりたいな。
●●●●●side:教皇
『最近、ニコレッタが見えないわね』
ピカピカと女神像を光らせて、脳内に言葉を届けてくる女神様。
私の目を通すと女神様の力を消費せずに見られるのだとか。
気になるのなら力を使って見ればいいでしょう、と頭の中で返事をすると、ちょっと見られないってくらいに情報が制限されているほうが楽しいのだとか宣う。
女神様の声は幼い頃から聞こえていた。
教会に連れてこられて、崇め奉られ、時には気持ち悪がられ、気付けばこんな年。
まぁ、心から思う相手も出来なかったし、出来る気もしなかったので、特には気にしていないがね。
陛下やケネス殿をからかったり、宰相閣下とおしゃべりしたり、ニコレッタ嬢を愛でたり。とても楽しい日々だ。
『きやぁぁぁ! 可愛いわねぇ! 祝福しちゃえ!』
女神様がニコレッタ嬢の赤子を見て大興奮のち祝福。
見事な金色のオーラに包まれた王子殿下。
はぁ、これは報告しないと駄目だが……今はそっとしておこうかな。陛下が怒りそうだしねえ。
「…………私のせいじゃないよ?」
「分かってる。分かりたくないが、分かっている」
陛下は相変わらず金色のオーラ。ニコレッタ嬢は相変わらず透明。新たな王子も金色。フェルモ殿下のものはもう見ていない。
「ったく」
おや? 怒らなかったね。陛下もやっと丸くなったのかな?
「あまり暴走するようなら、国中の女神像の顔面を叩き割るからなと伝えておけ」
あ、全然丸くなってなかったね。
コレを制御できてるんだから、ニコレッタ嬢は本当に凄いなぁ。
●●●●●side:宰相
フェルモ殿下が廃太子になり、殺人を犯した。
国王陛下は息子の婚約者と結婚。
文字だけで見ると、驚くほどにスキャンダラスな上にエグいですね。
一時はどうなることかと思っていたのだが、驚くほどに平和に落ち着いているが。
ただ、仕事量は三倍に増えました。しんどい。
そろそろ年だし……というか、本気で年だから引退したくてしょうがない。妻も先立ち、子どもたちも孫も随分といい大人になった。
宰相になって欲しい人物はいるが、受けてもらえるかが心配なところ。
「いいんじゃないか? 本人に言え」
陛下はそう仰ると思っていたのですけどね。如何せん本人がすぐ逃走するから。
最終兵器はニコレッタ王妃です。確実に仕留めて下さるからそこは心配していませんが、陛下のドヤ顔がウザいので自力で説得したくもある。
「ハッ! 頑張れよ。ニコレッタに頼ったほうが早いだろうな」
あーあー、既にドヤ顔になってますねぇ。
「妃自慢はしすぎると嫌われますよ。妃本人に」
「…………」
おや? ちょっと焦ってますな?
面白いのでそのままにしておきましょうかね。
「………………ニコレッタ様、お力添えをお願いできませんか?」
はぁぁぁぁぁ。結局こうなるのですな。
ニコレッタ様が夏の花のように、明るく笑ってくださるのだけが癒やしです。
「閣下の役に立てるのなら何でもするわ。やっとお返しができるのね。いつも迷惑ばかり掛けてごめんなさいね」
あぁ、もう。
なんと愛らしい方でしょうか。これは教皇と情報共有せねばなりませんな。
●●●●●side:フィガロモ
聞いてない。
何でこうなる。
陛下も宰相も何を考えている。
嫌だ。
「フィガロモ伯爵、お願い、出来ないでしょうか?」
「っ――――、い――――」
――――嫌だ。
と言えないからとても困っている。目の前に立つ、困ったように微笑むニコレッタ王妃に対して。
公爵家のことを調べ尽くして分かったことは、この人が恐ろしく有能でありながら、謎の天然さを炸裂させ、国の中枢の人物たちを虜にしていること。
そして、何よりも、誰よりも努力家であること。
レオパルディ公爵家の事業を調べれば簡単に分かる。殆どがニコレッタ王妃によって管理されていたことが。
御本人は放置していても運営できるようにしていただけです、とか訳の分からないことを言う。
その方法を知りたい貴族が何人いると思っているんだ!
まぁ、紐解いてみれば……彼女のバカみたいな求心力あってこその運営方法だったが、参考になることは間違いない。
「駄目、ですか?」
うるっとした瞳で見つめないで欲しい。
「駄目―――ではないです、はい。謹んでお受けいたしますです、はい」
あぁ、くそっ。だから嫌だったんだ。彼女からの面会依頼が来ていると聞いた時点で逃げれば良かった。
ニコレッタ王妃から報告を受けて、ニヤニヤとする陛下と宰相の顔が見えるようだ。
――――クソ。