54:ニコレッタの隣は――――。
毎日を忙しく過ごしている内に、気付けば結婚式が目前に迫っていました。
「早いものだな。あと一週間か」
「はい。ドレスの最終チェックも終わりましたし、あとは太らないことを祈るだけです」
力強くそう答えると、陛下がくつくつと笑われました。
では、ちょっと運動しようか? などと朝からエロおやじのようなセリフを吐きながら太股を撫でてきます。すすっと伸ばして来る手は甲を抓って阻止します。
「む、つれない」
「もうすぐ、執務の時間ですよ」
いじけた顔をしつつも朝のキスをして、そろそろ着替えるかと起き上がられるところは、ちょっと真面目です。
宰相閣下と担当官と、式の最終確認。
半年と少し前にも同じようなことをしていたのですが、今回はとても晴れやかでいて、わくわくとした気分で取り組めています。
教会に向かうと、教皇様が両手を広げて出迎えてくださいました。
「ニコレッタ嬢、とても美しいオーラだね」
どうやら、透明なオーラをキープ出来ているようです。
「ホワホワと小花が飛んでいるような可愛らしいオーラになっているよ。幸せそうだね」
「はい! 幸せです!」
「うん、眩しい」
教皇様が目頭を押さえて、女神様に光を抑えてくださいとお願いしていました。結構雑に。
その後、打ち合わせと流れの確認と、諸事情で教皇様と宰相閣下がもの凄く喧嘩をしていたのですが、宰相閣下が全力で説き伏せていました。
担当官が、ボソリと「大人気なさ過ぎる」と呟いて、お二人に睨まれていました。私は微笑むにとどめておきました。この二人に関しては、それが賢明な判断だと思いますので。
夜、主寝室で今日の報告。
最近はこれが日課になっています。
陛下は山のように溜まっている書類をシバいていたそうです。紙をどうやってシバくのでしょうか。
捌くじゃなくて? と聞きましたが、『シバく』とドヤ顔で言われました。
「ニコレッタは?」
「あー……まぁ。平和といえば平和でしたが、担当官に胃薬をお贈りしたいなという気分です」
陛下が不思議そうなお顔で首を傾げられましたので、本日一番の出来事と言っても過言ではない件をお話しいたしました。
「は?」
「ですから、宰相閣下が新婦父の代理をして下さるそうです」
「なぜだ」
「言い出した教皇様は、教皇様として祭壇に立たなければいけないので」
「あの耄碌どもは何を考えているんだ?」
たぶん、根底にあるのは優しさだと思うのですが。
私が一人で入場し、陛下のもとまで歩くのは忍びない、と仰っていただきましたから。
花嫁の人生の中で、産まれてから一番長くそばにいた男性は父親です。その父の庇護下から離れ、新たな人生を歩んでいくための儀式として父親と入場し、祭壇の前で新郎に引き渡されるというのが慣例なのです。
「どういうポジションを狙っているんだか……」
陛下がさらに不思議そうに首を傾げていました。
私にも良くわかりませんが、盛大なる言い合いの末に宰相閣下が父親代理としての地位をもぎ取っていました。
しかもガッツポーズで。
本当に、謎です。
「あ、普通に嬉しかったので、お願いしてしまいましたが、駄目だったでしょうか?」
「いや、構わない。良かったな」
「はいっ!」
陛下がふわりと微笑み、そっと頬を撫でて来られます。
最近になって気が付きましたが、これはキスしたいという合図……というか、キスしようと狙っている時、ですね。
ちょっとだけ私の中の悪魔が顔を出しました。たまには私からして驚かせてみようかな、と。
「――――陛下」
「ん? ――――っ!?」
隣に座った陛下にズイッと近付き、唇を奪うような勢いで重ねました。
陛下は…………控えめに言って、大喜びでした。
男性の方々のツボがどこにあるのか、ちょっと理解できないなと、心から思った日でした。