52:品質改良の話に熱中していた。
養蚕場の責任者であるイルマに先月起こったことを説明しました。
イルマは卒倒するかと思いきや、本気で喜ばれてしまいました。
「てっきり、ニコレッタ様が王太子妃になられて、管理をあの公爵か後妻が引き継いで、手先の者が来ていたのかと思っていましたら、そういうことですか! 老い先短い婆の言うことなので、聞き流してくださいな――――ざまぁみろ」
力いっぱい悪態を吐かれましたが、あれもこれもそれも因果応報ですので、希望通り聞き流します。
「それでね、この方が今度から引き継いでくださるの」
ケネス様と別の馬車で来られていた部下の方を紹介すると、イルマが怪訝な顔になってしまいました。
どうして私は続けられないのかと聞かれるので、それも説明し、公爵家の現状ももう一度説明し――――。
イルマは、良くも悪くも頑固なお婆ちゃんなので……話がわりと何周もしますが、養蚕に関しては右に出る者はいないのです。
イルマの後ろに控えていた彼女の孫である副責任者をちらりと見ると、こくりと頷かれたのでたぶん大丈夫です。たぶん。
養蚕場の中をイルマに案内してもらいつつ、品質改良するための場所などの確保ができるかなども合わせて視察しました。
馬車に乗り込み王城に戻ります。
「いやぁ、ほんと助かった。あのばぁちゃんすげぇな」
「うふふふ、すみません。たぶん何度か繰り返せば覚えてくれると思いますので」
あとは、副責任者に丸投げで大丈夫です。
ケネス様は信頼しているし、信頼されているんだなと感心していました。
そうなんですよね。仲良くなれるまで、もの凄く長い時間がかかりました。基本は放置ですが、大切な仲間なのです。
馬車に揺られつつ、ケネス様とまたもや品質改良の話に熱中していましたら、いつの間にか王城に到着していました。
「いえ、ですから――――」
「だがあそこは、養蚕場からは遠いだろ」
「確かにそうですが、かなり質のいいものが多いのです」
カツカツと場内を歩きながら、陛下の執務室へと向かいます。
「ただいま戻りました――――管理コストは高いかもしれませんが、品質的には――――」
「おかえり」
「まぁ確かに、品質は落としたくないんだよな。おぅ、帰った。んで――――」
帰城の挨拶はそこそこに、応接用のソファに座ってケネス様と話を続けていました。
「……」
「なぁ、次の視察もさぁ、ニコレッタがついて――――」
「――――二人とも、私は執務が終わったので、夕飯にしたいんだが? あと、ケネス……ニコレッタを呼び捨てにすることは許さん」
いつもより低くそっけない陛下のお声が聞こえてハッとなりました。話に熱中しすぎていました。
陛下に謝罪したのですが、陛下は無表情のままで頷き、少し強引なエスコートで食堂へと誘われました。
後ろから、ケネス様が「あちゃぁ……ごめーん」と小声でかなり軽く謝られていたのですが、それは誰に向けた謝罪だったのでしょうか…………。
食堂での夕食は、とても息苦しいものとなってしまいました。
なんというかいつもの陛下であって、いつもの陛下ではないと言いますか。接客をしている時の貼り付けられた笑顔と言えば良いのでしょうか?
これは間違いなく陛下を怒らせてしまった気がします。
気まずい食事を終え、湯殿に向かいました。
侍女たちに綺麗に磨いてもらい、主寝室に向かったのですが、陛下がいませんでした。
主寝室のソファに座ってから一時間以上経った気がします。
何となく気付いてはいたのですが、陛下の私室の方から微かに物音と人の気配があるのです。
恐る恐るドアをノックすると、低い声で返事がありました。
ドアを開けて陛下の私室に入ります。嫌な予感というものは、胃をキリキリと締め付けます。
私室のベッドに腰掛けて本を読んでいた陛下を見て、心臓がドクリと跳ねました。
既に就寝の準備を整えられていました。
陛下はちらりとこちらを見ると、大きな溜め息を吐きました。
「…………今日は、別々に眠りたい」