51:ケネス様とお出かけ。
ケネス様にエスコートされ、馬車に乗り込みました。
陛下の執務室を出る際にエスコートで一悶着あったのは記憶から消します。
「もおなぁ、ニコレッタ嬢の統率力が高すぎて、誰が来ても指示を受け付けないって言われてんだよね」
「あぁっ! すみません……」
流石に事業を駄目にされては堪らないと、随分前から根回しを続けていました。
お父様は私が管理していると分かれば直ぐに手を引いてくださっていたので、問題なのはメリダや執事長でしたが。
いなくなった今は、もう大丈夫だと伝え忘れていました。
「まぁ、いろいろと大変だったからなぁ。一ヶ月経ったけど、未だに書類やらなんやら、後始末してるんだろ?」
「はい……未払い分の請求書や、注文していたドレスなどの後処理もどんどんと出てきます」
他にも理由はあるのですが、それらのことも要因のひとつで、本当に手一杯です。まぁ、それを忘れていた言い訳にしては駄目なのでしょうが。
今から向かうところは、公爵家のシルクの原料である蚕を育てている場所――養蚕場です。
ケネス様が訪問したものの、中にも入れてもらえなかったそうです。大変申し訳ないです。
「だが、あれで正解だったな。おかげで今まで倒れずに運営できていたんだろう?」
「はい」
急にケネス様が真面目なお顔で今後の運営についてお話を始められました。
基本は私の打ち立てたシステムでの運営。それに加えて、シルク糸の質を上げるために、餌である桑の葉の入手を野生のものではなく、栽培して餌の質も上げていくというものでした。
「なるほど。確かに餌を改良すれば質は上がる可能性が大きいですわね。新たに桑を栽培する場所は…………桑の根は強く深く張りますので、柔らかな土地で何箇所か見繕い、実験的に植樹してみますか?」
「理解が早くて助かる。俺もそう考えていたよ。あと、海の向こうにあるガンチュール国だが、あそこのシルク加工技術はかなり高い」
「はい、存じております。一度共同開発という形でお話を進めようとしたのですが――――」
養蚕場までは、馬車で片道三時間。
ケネス様とのお話はとても楽しく、時間を忘れてずっとシルクの話をしていました。
「――――お、もう着くのか。はぁ……楽しかったよ。ニコレッタ嬢、話していて分かったが、君はこの仕事が好きだろう?」
「……はい」
「君が引き継がなくて良かったのか?」
「二兎を追う者は一兎をも得ず、なのです。私は陛下のお側に」
ケネス様がニカリと笑われました。そう答えるだろうとは思っていたが、安心出来たと。
普段は年の離れた親友や兄弟のように接していますが、今は年上のしっかりとした叔父といった雰囲気の顔です。
「ご心労おかけします」
「いいよ。そのかわり、かわいい又甥か又姪をよろしく頼むよ?」
「っ――――! は、はいっ」
きっと、顔が真っ赤になっているのでしょう。ケネス様がお腹を抱えて笑い出されました。
笑わないでとお願いしましたのに、「初々しい」とさらに笑われてしまいました。
ケネス様は過去に大恋愛の末の悲恋だったらしく、一生独身だろうと御本人が公言されています。恋人などはたまにいらっしゃるようで、夜会などで時々女性を連れられているのを見たことがあります。
隠し子などはいない! というのがケネス様自身で自慢できることなのだとか。
…………いまいち何をどう誇れるのかは理解できませんが、まぁ、たぶん、良いことなのでしょう。
「お嬢様っ!」
養蚕場の馬場に着いて、馬車から降りていると、養蚕場の責任者であるイルマが慌てて走って来ました。
もう随分といい年齢の白髪のおばあちゃんといった感じですが、まだしっかりと走れるのですね……。
「イルマ、久しぶりね」
「お久しぶりでございます。って、そうではなくてですね、ずっと変な人達が見学に来たり、今までの運営の書類を見せろと言ってくるのですが。王都で何かあったのですか!?」
隣に立っているケネス様がここも王都じゃないのか?とか呟かれましたが、聞こえなかったことにしました。
一応王都という括りの場所ではありますが、その端っこで、しかもかなりの山間なので、情報が驚くほどに来ないのです。
「うん、ごめんね。ちょっと色々と説明するわね」
――――イルマ、卒倒しないかしら?