5:ニコレッタ任せの結婚式準備。
王太子殿下が十七歳となり、春に結婚式を挙げる為の準備が、秋の終わり頃から始まりました。
ドレス決めや採寸。
王太子殿下は「自分には良くわからないから、ニコレッタが好きにしていいよ」と仰い、立ち会ってはいただけませんでしたが、王太子殿下の礼服の採寸や刺繍のデザイン決めは手伝って欲しいと頼まれました。
会場のデザインや飾る花なども「わからない」とのことで、一任されてしまいました。
頼られているのか、甘えられているだけなのか。私には判断が付けられません。
私は、この結婚は国と公爵家の繁栄のためなので、やり通さなければならないという思いのみで、前を向き突き進むしかありませんでした。
今日は王城で宰相閣下や式典の担当者との打ち合わせです。
結婚式に招待する各国の王や使者の席次や扱いについてや、お出しする料理まで、何時間にも渡り話し合い決定していきますが、これにも王太子殿下は参加してはいただけませんでした。
少し休憩をしようということになり、窓の外を眺めながら宰相閣下と談笑をしていると、裏庭――王族しか入れない庭園に二つの人影が見えました。
「――――っ、ニコレッタ嬢、あちらに座ってお茶でも」
「そう、ですわね……」
宰相閣下も気付かれたのでしょう、あそこにいるのが王太子殿下と、私の義妹だということに。
義妹が殿下の手を引き、庭園の奥に歩いて行く姿を見て、あぁもう駄目かもしれないと思いはするものの、まだ大丈夫、まだどうにか出来るはず、と自分に言い聞かせる事で、精神を落ち着けました。
王太子殿下に時間を作ってもらい、結婚式について話し合おうとしましたが、王太子殿下はまたもや「ニコレッタの好きなようにしていいよ」と言うばかり。
「殿下、この結婚式は国を挙げての式典です。王太子殿下の権威と存在感を国民に知らしめなければなりません。この国では、殿下自身の結婚式が、殿下の正式な初公務として記録されます」
既に様々な公務は行われていますが、自身の結婚式を主導して執り行い、初めて一人前だと認められるのです。
「うん。ごめんね、ニコレッタ。これからはちゃんとするよ」
「はい、ありがとう存じます」
殿下が俯くと、肩まで伸ばしている金色の髪の毛がサラリと前に流れ落ちて来ました。
「そういえば、殿下は髪をお切りにならないのですか?」
何年か前までは耳上で揃えていたはずです。耳下あたりまで来た頃に、そろそろ切りたいなぁ、どうしようかなぁなど迷われていましたから。
「うん。ヴィオラが伸ばしている方が似合うって言ってくれたから」
――――ヴィオラが。
「そう、ですか」
何かあれば『ヴィオラ』、何かなくても『ヴィオラ』。
ヴィオラヴィオラヴィオラヴィオラ、ヴィオラばかり。
屋敷に帰り、お父様の執務室にお伺いすると、派手なドレスを着た義母が何やらお父様におねだりをしていました。
「そうなの、ヴィオラが新しいドレスが――――あら、帰っていたの? いやね、盗み聞きなんかして」
「……大変失礼いたしました。お父様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「あ、ああ。メリダ、すまないが外してくれるかい?」
「先程の、よろしくお願い致しますね!」
自宅内で着るには派手すぎるドレス姿の義母が、むせるほどの香水の臭いを振りまきながら、横を通り過ぎて行きました。
「ニコレッタ、どうかしたか?」
「はい。お父様、もう少しヴィオラに注意をして頂きたいのです。殿下は…………私の婚約者です」
「私から言っても聞かない。お前から注意しなさい」
いつもそう。
何度も注意しました。でも、ただ喚き返されるだけ。
嫉妬深い女だと嘲笑されるだけ。
年増の女が若い男に縋り付いて気持ち悪いと暴言を吐かれるだけ。
「再三言っておりますが? お父様に言いつけると喚いていましたが? お父様に関しましては、喚いてるのを聞いて宥めすかしている姿しか見たことがございませんが?」
「あの娘は、難しい年頃だ…………」
「既に十九です」
「…………そう……だが」
精神的に成熟できず、いつまで経っても中身だけが子供のまま。
大人のふりをした子供を相手にするのは、私の責務ではありません。あれは義妹です。義理の、血の繋がりのない、人物。
あれを自身の娘にしたのはお父様です。
「お父様が、責任を持ってください!」
「っ………………わかっている」
お父様が大きな溜め息を吐きながら、手で払う仕草をされました。出で行けという合図。都合が悪くなると、こうするばかり。
――――本当に、頼りにならない!