47:馘首(かくしゅ)
◇◇◇◇◇
陛下に朝のキスを送り、早く着替えるよう伝えると、ぎゅっと抱きしめられました。
侍女に向こうを向いているように伝えておいて良かったです。
「君は本当に美しい」
朝とは思えないほどの濃厚なキスをお返しされてしまいました。
化粧をする前で本当に良かったです。
陛下は美しいと言われますが、ほぼ下着な上に、先程はコルセットを絞められていたので、わりと蛙のような声を出していましたが。
陛下はそれさえも可愛いなどと曰われます。少しだけ、美的な感覚のズレを感じてしまいました。
陛下が調子っぱずれの鼻歌を歌いながら、着替えを侍女に命じていました。侍女たちが少し戸惑っています。
――――陛下、もしや音痴?
かなりどうでもいい疑惑がふわりと湧きましたが、触れないでいてあげることも優しさかもしれません。
この数日で陛下の色々なお顔を見れて、なんだか幸せです。
このあと、わりとグロテスクなものを見なければならないのですが、まぁきっとそれはそれ、これはこれなのです。
陛下と二人で葬送用の盛装をし、処刑場に向かいます。
処刑は一般公開せず粛々と行うのですが、必ず陛下の名の下で執行されます。国王と王妃は必ず見守るのがこの国の決まりです。
「初めてだろう? 気分が優れなくなったら直ぐに下がっていい」
「いえ、何があろうと最後まで見届けます」
流石に吐き気が出た場合は、直ぐにトイレに行きますが。
「ふっ。頼もしい王妃で嬉しいよ」
「まだ王妃ではありませんわ」
「つれないな」
陛下が笑顔でそう言われるので、傷付いたとかではく、このやり取りを楽しまれているようでした。
国王と王妃の席に二人で着くと、罪人の呼び込みと罪状の読み上げが始まりました。
お父様は執行官たちに頼んでいたので、身なりは綺麗に整えられていました。メリダは何故か鳥の巣のような頭で、薄汚れ所々破れているものの、結婚式の時のドレス姿です。
「あっ! メリダのことを忘れていました!」
「わざとかと思った」
「いえ。本当に存在を忘れてまして……まぁ、どうでもいいんですけどね」
「ふはっ。どうでもいいのか。くくくく」
何故か陛下が楽しそうです。
色々なことは解明しましたし、何がどうあれお母様は戻ってきませんし、もう処刑されるから関わることもないとわかっているので、存在を脳内から追い出してしまっていました。
二人に続いて、家令のヤノスと執事たちが連れてこられました。
グイドから得られた情報で、全員の処刑が確定し、二人と同じ日に執り行うことになりました。
面倒なので一度に終わらせてしまいましょう、と元老院での会議で伝えましたら、全員が大笑いしたのは一昨日のこと。
私の潔さが気に入ったと色々な方に言われましたが、いまいちピンときていません。
「おー、おー、凄い表情で睨んできているな」
「ああ、ヤノスですわね。手を振っておきます」
とびきりの笑顔で手を振ると、何やら大声で叫び、執行官に勢いよく殴られていました。
「まぁ、可哀想」
「んははは。私はニコレッタがちょっと怖くなった」
「ええ!?」
ただ、ヤノスが一番イラッと来そうなことをしていただけだったのですがと言うと、それが怖いと言われました。
「恐ろしいほどに、相手をよく見ている」
「社交界で生き抜くには、必要でしょう?」
「ん」
処刑の準備が粛々と進んでいきます。
地位が低い者から順に刎ねられるのですが、少しだけお願いして、順番と立ち位置を変更させてもらいました。
全員の首が刎ねられるのを、メリダには真正面で見てもらうことにしていました。
執事たちの首が刎ねられるのを見たメリダが気絶しましたが、冷水を浴びせられて、叩き起こされていました。
私は『ちゃんと全て見させてね』とお願いしただけなのですが、ああなるのですね。
「あら…………もうお父様の番なのですね」
「ニコレッタ」
実は手が震えていたのが、陛下にはバレてしまったのかもしれません。陛下が右手を差し出されました。手を、繋ごうと。
微かに震える左手を、陛下の大きくて節ばった手に重ねます。キュッと包まれると、体全体から力が抜けました。
「大丈夫です。見届けます」
「ん」
首が刎ねられる瞬間、お父様がメリダに何かを囁いたように見えました。すると、メリダが叫びながら立ち上がり、崩折れたお父様の亡骸に拳を振り上げようとしました。
執行官たちがメリダを抱えて取り押さえています。
「何を言ったのかしら?」
「んあ……」
陛下は唇がなんとなく読めたようです。凄いですね。
内容は近くにいた執行官に確認した後で教えると言われました。
そして、泣きじゃくりながら怨嗟の言葉を吐き続けている途中で、メリダの首はゴトリと落とされました。