46:目覚めて、向かう。
朝、いつもより早めに目を覚まし、着替えを始めます。
本日の正午、お父様とメリダの処刑が行われます。
侍女にコルセットを絞められ軽やかに呻っていると、陛下がガウンのまま飛び込んで来られました。髪もボサボサ。顔には枕カバーのシワでしょうか? 跡が残っています。
そう言えば今日は珍しくうつ伏せで寝られていましたね。
「っ、ここにいたか…………」
とてつもなく焦った顔から、明らかにホッとした顔へと変わっていきました。
――――もしかして?
「陛下?」
「ぅ……たがってはいない………………が、ベッドにいなかったから、少し……ちょっと本気で、焦った」
「あはっ、あははははっ」
視線を彷徨わせてそう言われ、思わず笑ってしまいました。
大慌てで探してくれたのでしょう。いつものキリリとした姿はなく、年相応にヨレッとした寝起きの男性です。
コルセットで苦しいのに、笑いが止まりません。
陛下がちょっといじけたような顔になり、仕方なさそうに微笑まれました。
✧✧✧✧✧
ニコレッタが父親に会いに行き、スッキリとした顔で戻ってきた。騎士から会話の内容をこっそり聞き出そうかと思ったが、ニコレッタに付ける時に条件を出していたことを思い出す。
――――会話の内容は、私にも話すな。
なぜこんな条件をつけたのか。信頼しているからこそそうすると決めたのに。驚くほどにスッキリとしているから、変に気になる。
だが、ここでニコレッタに直接聞く事は流石に気が引けるというか、なんというか…………嫌われそうで、怖い。
夜になり、二人並んでベッドに入った。
ニコレッタはおやすみなさいと言うとすぐに眠ってしまい、五分も経たない内に穏やかな寝息を立てている。
横を向き、ニコレッタの寝顔を見つめる。
幼い頃から見続けていた娘。いつでも真面目に取り組む娘。花のように笑う娘。
手に入るとは思っていなかった。
手に入ると、今度は失うのが恐ろしい。
ニコレッタや臣下たちの前では強がっているが、私は恋愛経験などほとんどない、ただのおっさんだ。
ニコレッタが屋敷に帰りたくなさそうなのをいいことに、まだ婚約者だという立場を無視し、夫婦の寝室で共に寝ているし、体も繋げている。
「あー…………くそっ」
うつ伏せになり、枕に顔を埋める。
脳内に巡る考えが、あまりにも気持ち悪い。独占欲が腹の中で渦巻き、溢れ出しそうだ。
取り敢えず、明日の流れを頭の中でシミュレーションしよう。
卒なくこなし、サッと刎ねて、ニコレッタの様子をつぶさに観察しなければ………………。
息苦しくて目が覚めた。
うつ伏せで悶々と考えている内に眠ってしまったらしい。
ニコレッタの寝顔でも見て癒やされようと隣を見ると、誰もいなかった。はじめはトイレかと思ったが、ニコレッタの寝ていた場所は既にひんやりと冷たくなっていた。
「ニコレッタ……?」
慌てた。
あらゆる扉を開いてしまうくらいには、慌てた。
「陛下? 何かお探し――――」
侍女が声を掛けてきたが応えている暇がない。ニコレッタを探し出さねば。そう思いながら衣装部屋へ飛び込むと、ニコレッタがコルセットを絞められながら「グエッ」とすごい顔で呻いている瞬間だった。
――――いた!
「っ、ここにいたか…………」
つい、口から漏れた。
「陛下?」
ニコレッタの顔が一瞬にして曇ってしまった。これは完全にバレた。
私が焦っているのは丸分かりだったはずだから。きっと、ニコレッタを疑っていたと思われてしまう。
「ぅ……たがってはいない………………が、ベッドにいなかったから、少し……ちょっと本気で、焦った」
「あはっ、あははははっ」
怒られるか、泣かれるか、軽蔑されるかだと思っていた。が、ニコレッタはお腹を抱えて、苦しいと言いながらも笑い続けている。
「陛下、不安にさせて申し訳ありませんでした。コルセットは留めた? ん、ありがと」
侍女に何かを指示し、ニコレッタがこちらにトテトテと近寄ってきた。そして、私の頬に手を添えると、ちゆ、と軽く唇を触れされてふわりと微笑んだ。
その顔はまるで春に咲く淡く美しい花のようだった。
「おはようございます。陛下も早く準備を整えてくださいね?」
「っ……ん。着替える」
「はい!」
今度は夏の花のように弾けるような笑顔。
ニコレッタ、君は本当に美しいな――――。
ちょいとストック作ったので、いつもより多めに放出していきます。