45:今生の別れを告げに。
何かと慌ただしい日々が過ぎていきました。
この一週間、様々な人物と話し、情報を入手してはまとめ、また話し続ける。その繰り返しです。
先ほど起きたばかりなのに、体が怠いです。
「明日、処刑日だが……どうする?」
陛下がベッドから起き上がり、軽く触れるだけのキス。
毎朝この挨拶をしていただけるだけで、その日一日が上手くいくような気がします。
「んっ。予定通り、会いに行こうと思います」
あの二人を斬首刑にすると決定した時から、心に決めていたことがあります。
それは、前日にしっかりと別れを告げること。
私に悔いが残らないように。
「ん、行ってきなさい」
「はい。お許しくださってありがとうございます」
陛下に微笑みながらお礼を伝えると、お礼はここにくれ、と自身の唇をトントンと叩いて不敵な笑みを浮かべられました。
「陛下は、時々物語に出てくる魔王のようです」
そう言いつつも、自ら陛下にキスをしてしまう私は、同じく物語に出てくる悪役令嬢なのでしょうか?
カツンカツンとヒールが石畳を踏む音が地下道に響きます。
この一週間で通い慣れてしまった地下牢への道。
「では、こちらでお待ちしております」
「ありがとう」
案内兼護衛の騎士様にお礼を言い、お父様の入れられている牢に近付きます。
騎士様には少し離れて頂きますが、会話は聞こえてしまうでしょう。なので陛下付きの信頼の置ける者を連れていきなさい、と貸していただきました。
「お久しぶりでございます」
「…………………………ニコレッタ……」
牢の中でぼんやりとこちらを見て数秒、やっと私が誰か理解し、名前を呟かれました。
髪はボサボサ、顔は無精髭が目立ちます。服は薄汚れたホワイトシャツと黒い盛装用のズボン。きっと結婚式のときのままなのでしょう。燕尾のジャケットなどがベッドの上にグシャリと丸めて置いてあります。
「お父様、お聞きになっているとは思いますが、明日が処刑日です」
「…………助けて、くれ」
「ええ、そう言われると思っていました」
「っ!」
お父様の表情が一気に希望に満ちあふれたものに変貌していきます。
「なので、ここに来たくなかったんですよね」
はぁ、とわざとらしく大きな溜め息を吐き、右頬に手を添えて『困りました』といった雰囲気を出します。
「……ニコ、レッタ?」
「お父様たちから話を聞かなくて良いほどに皆が情報を出してくださったのは僥倖でした」
本当に、僥倖です。
そのおかげでお父様から直接お話を伺い、怒りに身を染めることなく済んだのですから。冷静に対処していけたので本当に良かったです。
「元公爵家当主として、大変見苦しいのと臭いので、明日の朝に身なりは整えさせますわね。それから、ヴィオラですが、結婚式の翌朝に死にました」
「なっ!?」
「メリダ、聞いていますわよね?」
隣の牢に入れていますからね。奥の薄暗い場所に隠れているようですが、間違いなく聞いているでしょう。
返事はありませんが続けます。
「貴方たち二人がヴィオラに渡してくれと頼んだ手紙は、しっかりと読ませていただきました。見苦しい。本当に、見苦しい。お二人らしいと言えばお二人らしいですが」
あの子が私に下手に出て、二人を助けるようお願いするなど、どうやったら成功すると思えるのでしょうか?
あの子自身は極刑になる予定はなかったのだから、そのまま大人しくしていたはずだわ。……フェルモ様がああならなければ。
「お父様、あと一日の命ですが、お元気でお過ごしくださいね? お母様は、いつ死ぬのかなど全くわからない状況で崖下に落ちて亡くなりましたね? 貴方たちのせいで。どれほど恐ろしかったでしょうね? お父様、明日はお声を掛けられないでしょうから、今生の別れを言いに来たんですよ? なにか、私に言うことはなくて?」
「……っ…………ぁ」
お父様がはくはくと口を動かし、何かを言おうとしますが声にならないようです。
「まぁ、お父様のお口からどのような言葉が出ようと、私は一切信用しませんが。では、ごきげんよう」
ニコリと微笑んでカーテシーをし、颯爽と立ち去りました。
後ろから大声で名前を叫ばれていますが、何も聞こえないこととします。今更泣き叫ばれたところで、もう遅いのですよね。
「さ、陛下のところへ戻りましょう」
「ハッ!」
騎士様が臣下の礼を執り、後ろに続きました。
少しだけ、王妃らしさというものが身についてきたのかもしれませんね。