44:面会
陛下の執務室に戻り事の顛末を報告しました。
急いで侍医にも伝え、解毒法を探ってもらうことに。
フェルモ様の意識や精神が戻ることが、フェルモ様自身にとって良いことかは分かりませんが、陛下は少なからず自分が招いたことなのだと理解させたいとのことでした。
「酷い、と思うか?」
「いいえ」
そんな事を思うはずがありません。
フェルモ様は確かに迂闊でした。何故食べたの、とは責められませんが。
フェルモ様の年齢と性格を考えれば分かります。きっと私の『妹』だから。きっと私の『家族』だから。安全なんだと判断してしまっていたのだと思います。
周囲にいた侍女や騎士が止めるべきだったことでもあります。
「ん……ありがとう」
力なく笑われる陛下を抱きしめたくなりましたが、侍女や騎士がいるのでぐっと我慢です。
指示書を陛下から受け取り、侍医のところに行ってきますと挨拶して執務室を出ました。
陛下からの指示書を侍医に渡しつつ得た情報を話すと、少し難しい顔をされました。
どうやら長期戦になるようです。
「昨晩よりフェルモ様がお会いになりたいとしきりに仰っていますが、どうされますか?」
騎士は数名配置するし、希望があれば拘束衣も着せる、との事でした。騎士はお願いしたいです。でも拘束衣は大丈夫だと断りました。
安全面などでの問題はあるのかもしれませんが、拘束衣を着せられた人は果たして落ち着いて話ができるか、という疑問がありました。
侍医に案内され隔離棟のフェルモ様の部屋に行きました。
ドアには仰々しい鍵が付けられていました。室内はとにかく物が排除されており、ベッド以外何もないがらんどうとした部屋でした。窓は狭く鉄格子で覆われランプ等もないため、まだ日中だというのにとても薄暗いです。
「基本はベッドや床に座ってただ揺れているだけなのですが、急に癇癪を起こされて物を投げられるので、危険な物を撤去した結果こうなってしまいました」
「食事は?」
「その際だけテーブルを運び込み、ベッドに座って食べていただいています」
「そうなのね。ご苦労さま」
鍵を開けてもらい、ノックをして室内に入ると、部屋の隅で膝を抱えて床に蹲っていたフェルモ様がガバリと起き上がりました。
「ニコレッタニコレッタニコレッタニコレッタニコレッタ」
私の名前を叫びながら走って来ます。騎士様が素早く動きフェルモ様を押さえ込もうとしましたが、大丈夫だと伝えて好きにさせることにしました。
フェルモ様がぎゅっと抱きついてきます。
多少ゾワリとはしたものの、その感情は横に置くことにしました。
「ニコレッタ、ここどこ? ニコレッタ、どこいってたの!?」
「フェルモ様、そんなに泣いてどうされましたか?」
「あのねっ――――」
フェルモ様は幼児退行という症状を起こされているようで、とにかく幼い子供のような言動が殆どのようでした。
自分が何故ここにいるのか、何故知らない人たちに囲まれているのか、何故私や陛下がいないのか。
「とうさま、おこってるの?」
「……」
どう伝えたら良いのでしょうか。ここで嘘を吐いて『大丈夫、怒ってませんよ』と言ったところで、なにか解決するのでしょうか?
「ニコレッタ?」
「フェルモ様。……陛下はフェルモ様がここで心を強く持って、ゆっくりと自分に向き合ってほしいとお考えです」
今のフェルモ様には理解が難しいでしょう。
「一人で心細いかもしれません。わけが分からず暴れたくなるかもしれません。ですが、堪えて堪えて、堪えてください。堪え続けた先に何かが見えるかもしれません」
「…………よくわかんない」
「ですよね。でも覚えていてくださいね。フェルモ様、また来ます」
「っ…………ぅん」
フェルモ様からスッと離れると、フェルモ様は寂しそうなお顔で右手を伸ばしましたが、コクンと頷いて手を下げました。体の横でズボンをぎゅっと握りしめています。
――――あぁ、幼い頃の癖だわ。
今後、フェルモ様がどのような扱いになっていくのか、私には分かりません。陛下も何も言われないので、決めあぐねているのかもしれません。
陛下がどのような決断をされようと、私は受け入れようと思っています。