43:恩赦を与える。
食事や入浴を終わらせて夜着に着替えました。
主寝室のソファでナイトティーを飲んでいると、髪の毛をワシワシと拭きながら陛下が入ってこられました。
ガウンからは胸板がちらり。
心臓がドキリと跳ねます。
スッと目を逸らしてお茶を飲み続けていると、陛下が隣に座られました。
「なんだ。普通の紅茶か」
何故か残念そうな陛下。どうしたのかと聞くと、陛下は寝酒派なのだとか。
何故か陛下の頭の上にへニョンと垂れた犬耳があるように感じます。一杯ならお付き合いしますよとお伝えすると、垂れた犬耳がピコンと立ち上がったような気がしました。
「おはよう」
「おはようございます」
朝、目が覚めると目の前には陛下の笑顔。
なんとも言えない恥ずかしさと嬉しさで、陛下の胸に顔を埋めました。
「どうした?」
「っ――――」
このふわふわとした気持ちをどう伝えればいいのか。長年の想い人が目の前にいる幸せは、簡単な言葉では言い表せません。
問題は山積していますが、朝のこの時間だけは幸せを噛み締めさせて欲しいです。
「――――今日も、頑張ります」
「ん」
頭頂部に柔らかなキスが落とされました。
陛下の執務室で昨日グイドから聞いた情報をまとめつつ、使用人たちの名前をリストアップしていきます。軽いものは見逃すつもりではあります。処罰としましては、紹介状なしで解雇することが相当であると判断しています。
「さて、ちょっと地下牢に行ってきます」
「護衛は連れていってくれよ?」
「はい。それはもちろん」
陛下には陛下のお仕事があります。いつまでも我が家の問題で手を煩わせるわけにはいきません。
自分で出来ることは自分で。それが私の信条です。
「ごきげんよう」
地下牢の前でにこやかに挨拶をしました。ヤノスは相変わらず無表情です。
グイドから聞いたヤノスの悪事。今回、斬首刑に適応できるだろうと陛下に言われました。そのことをヤノスに伝えると、ずっと無言を貫いていたのに急に焦り出しました。
「わっ、私は指示されて――――」
「仕方なく? 本当に仕方なくだったのかしら? 不法に入国し、本物のヤノスを殺して成り代わった盗賊さん?」
「…………チッ」
ヤノスが舌打ちをすると、牢の奥にあるベッドにドカリと寝転びました。
「あーあ。そっちもバレてたのか。つまらないな。まぁ、この数年楽しめたからまぁいいか」
「あら? 諦めが早いのね?」
「まあな。ここまで連れてこられた時点で何となく察していたさ」
逃げるタイミングを見誤った、と全く後悔していそうには思えない雰囲気で言われました。
「処刑はいつだ?」
「そうね、順当に行けばあの二人の翌日みたいよ」
「ふうん」
さて、ここからが戦い時です。
「それでね、情報によっては恩赦を考えているのよね」
「ふうん?」
ヤノスが一瞬だけちらりと視線を向けました。気にはなっているようですね。
「フェルモ様に盛った薬のこと、なにか知ってる?」
「その情報によって、どんな恩赦が得られる?」
「正確性が高ければ高いほど、罪状が消えていくわ。フェルモ様の薬物が抜け、どんな薬でどんな後遺症があるなどわかれば尚良しね」
ヤノスがベッドから起き上がり、じっとこちらを見てきます。
「その薬や後遺症を聞き、主観で判断することは?」
「一切ないと誓うわ」
「アレは隣国の娼婦を調教する薬だ――――」
ハーブと混ぜ合わせることによって効能が左右される。メリダが何人かの娼婦を使って実験し、失敗した配合。緩やかに緩やかに判断能力がなくなるが、投与を止めれば緩やかに戻ってはいく。だが一度の投与量が多すぎると戻らない場合もある。
ヤノスから得た情報は、思っていたよりも有益でした。
「ありがとう。とても助かったわ」
「なら――――」
「ここに入れられている間は、豪華な食事を届けるわね」
「――――は? いや、恩赦を教えろよ」
「だから、それが恩赦よ?」
斬首刑に処されるまでの間、囚人が食べられるはずもないような豪華な料理を運んであげる。それが、最大の恩赦だわ。
だって、王太子に薬を盛ったのよ? 国のトップである王族に危害を加えていて、許されることなんて、あるわけ無いじゃない。
「主観なんて、織り交ぜようもないほどに、罪が重すぎるのよね? 所詮、ただの盗賊の成り下がりね。そんな当たり前のことが頭から抜け落ちるなんて。貴方も『薬』盛られてたんじゃない?」
喚き叫ぶヤノスににこりと微笑みながらカーテシーをし、地下牢を後にしました。