4:ニコレッタの矜持。
王太子殿下と義妹の距離は、どんどんと近づいていたのだと思います。
夜会などで、殿下は一曲目は私とダンスするものの、二曲目三曲目は義妹と楽しそうに話しながら踊られています。
時折、別のご令嬢や私を挟みつつも、気付いたら義妹と踊られているのです。それは、王城で開催される大きな夜会でもでした。
他の貴族たちにどう見られているかなどは、王太子殿下はあまり気にしては下さいません。
「ヴィオラは人前でのダンスが苦手らしくてね。ニコレッタみたいに踊れるようになりたいそうだよ。早く上達するには本番を経験するのが一番だからね」
確かに、そうでしょう。
本番ほど経験を積めるものはないでしょう。練習を重ねている者ならば尚更。
ほぼ練習もせずに自宅で贅沢三昧をしている義妹に関しては、何ともいえないのですが。
「殿下のお優しさとお心遣い、痛み入りますわ。もう一曲、お付き合いいただけます?」
「あははっ、仕方ないね」
ヴィオラが王太子殿下の手を取り、胸の前でキュッと握ります。すると殿下はホニャッとした笑顔になり、ヴィオラとともにボールルームに向かうのがいつのも流れ。
「……ふぅ」
お腹の奥底に渦巻くドス黒い感情を抑え込み、背筋を伸ばし、前を向きます。
「薹の立った婚約者だから、ああなるのは仕方ないんだろうな」
「まぁ、両家が結んだそういう契約なんだ。押し付けられた可哀想な殿下が女を数人囲うことくらいは、陛下は目を瞑るようにしているんじゃないか」
小声で聞こえてくる嫌な言葉などで、私の心は折れませんし、折りません。
陛下はそういった思想の方ではありません。
いつも大丈夫かと確認して下さいます。
王太子殿下の年齢的に、今はどうしても反発するが言い聞かせている、堪えてくれ、と何度も仰って下さっています。
暫く知人たちと歓談していたのですが、夜風にあたりたくなり、夜会の会場を抜け出して王城庭園に出ました。
庭園はほのかな明かりが灯されており、恋人たちの憩いや密談の場となっています。
「っ――――まって、ヴィオラ――――私はそういうつもりは――――すまない――――」
「殿下は私の事がお嫌いですの?」
「そうじゃないんだ、私は――――」
聞いてはいけない。
聞き覚えのある声と名前が、茂みの奥から微かに聞こえてくる。
この会話を最後まで聞いてしまえば、私の矜持や自尊心といったものの全てが塵となってしまう。
無我夢中で城内を走り、辿り着いたのは国王陛下の執務室の前。
「っ、ぅ…………」
こんな事で頼ってはいけない。
こんな事で迷惑なんてかけられない。
こんなところに来ても、陛下は夜会の会場内にいるのに。
零れ落ちそうになる雫は、上を向けば大丈夫。ゆっくり深く呼吸して、何度も瞬きを繰り返す。
「――――ニコレッタ?」
少しだけ王太子殿下と似ているけれど、低くて柔らかな響きを持った大人の声。
「陛、下……」
「走り去る姿が見えたが――――っ! どうした? 何があった?」
陛下が私の顔を見るなり駆け寄って来て下さいました。
縋り付きたいと伸びかけた右手をグッと抑え込み、にこりと微笑みます。
知られてはいけない。知られたくない。可哀想な子だなんて思われたくない。
私は公爵家の娘で、王太子殿下の婚約者。
この婚約関係が壊れれば、様々なことに影響が出てしまう。
「特に、何もございませんよ?」
「…………話さぬか」
国王陛下が眉間に皺を寄せ溜め息を吐くと、私に背を向けてしまわれました。
「相談しなさいと何度も言っているが…………ニコレッタは剛情すぎるな」
「っ……」
『剛情』と言われても。
意地を張って、考えを変えないんじゃない。他人の考えを受け入れないんじゃない。私一人の感情で、どうにかしていいことではないから……。
去っていく陛下の背中を、唇を噛んで見つめることしか出来ませんでした。
あの広い背中にしがみついて、助けてと言えたらどんなに良いことでしょう。でも、そうするとその噂は瞬く間に広まります。
王城とはそれほどに色々な場所に人がいる。そして、陛下には必ず護衛の騎士や侍女が付いて回ります。
今も、陛下が少し離れさせていた騎士と侍女がスッと陛下の後ろに付き、ともに歩き始めました。
小声で話せば、彼らには聞こえないでしょう。でも、目視はされているのだから。
――――言えるわけ、ないじゃないですか。