39:宝箱と秘密
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「待って! それは駄目――――」
デスクの上にあった鍵付きの箱。
焦った顔をしてニコレッタがそれを文官から奪い取った。
本より一回り大きい程度で、胸に抱きしめることの出来るサイズ。
隠すことなどない、全部調べていいと言っていたのに、何故だ?
「ニコレッタ?」
「あっ…………」
一瞬で自分のした失態に気がついたのだろう。顔が真っ青になっている。疑われぬように、なにより公正を保つためにも、ニコレッタのものも全て捜索する必要がある。
この捜査に不正や地位による配慮など一切許されてはいけないのだ。
「何を、隠している?」
「ち、違うんです」
違うなら見せろと言うが、ニコレッタはオロオロとするだけで、箱を手放そうとはしない。
ニコレッタの目の前に立ち、命じた。
こんなことはしたくなかったが、詳らかにしなければならないから。
「っ…………鍵は引き出しの奥に……………………箱は……壊さないで、ください」
ニコレッタが真っ赤な顔をして、なんとなく見覚えのある箱をドンと渡して来た。その勢いで体が少し揺らぐ。
そして、ニコレッタは両手で顔を隠して鍵の在り処を小声で吐いた。
渡された箱をよくよく見る。
宝石箱ほど豪華ではないものの、赤いベルベット貼りで細かな銀細工で装飾されている。そして、箱の裏側には王家のものであるという意匠が銀のプレートに彫られていた。
「どこかで…………」
なんとなく見覚えのある箱。
鍵を受け取り蓋を開くとそこには――――。
「招待状?」
「……っ」
招待状やメッセージカードなど、特に重要そうなものは入っていなかった。箱の底に折りたたまれた紙が入っており、それを手に取った瞬間、ニコレッタが今にも泣き出しそうな顔になってしまった。
――――いったい何を隠して?
カサリと乾いた音を響かせながら、折りたたまれた紙を開く。
そこには幸せそうな三人の笑顔があった。
満面の笑みのフェルモ、柔らかに微笑むニコレッタ、二人を見つめながら口の端を少し上げた私。
場所は庭園のガゼボだろう。
たしかフェルモが十歳にはならない頃に、画家が城に逗留していて、ペン一本で様々な風景や人物を描いては皆に渡していた。たぶんソレだ。
招待状をちらりと見ると、王城からのもの。
「…………ニコレッタは、フェルモを愛していたのだな」
思いのほか低い声が出てしまった。
ニコレッタがビクリと体を震わせたあと、真っ赤な顔になって、口をはくはくと動かしている。
息ができなくなるほどに、焦っている。
何故、そこまで焦るんだ。
何故、こんなにもイライラする。
何故、私に隠す。
「へい……か…………以外、出てって! 部屋から出てって!」
そう言うと、私から箱と中から取り出した招待状などガバリと奪い取った。目を潤ませ、真っ赤な顔で。
――――涙?
騎士や文官、侍女にも出て良いと伝え、皆が退室を終えてニコレッタと二人きりになった。
「っ…………陛下なんか嫌いです」
ぐすぐすと未だ真っ赤な顔で涙を必死に拭うニコレッタを、ただ呆然と見つめていた。
嫌い、と言われてしまった。本心ではなさそうだが、『嫌い』の言葉は心臓を抉る。
なにより私が泣かせてしまった。
「すまない……フェルモのことをそんなにも…………」
「っ! フェルモ様は嫌いです!」
――――え?
「どちらかといえば、嫌いですっ」
顔を真赤にして、両手を体の横でギュウッと握り、ぷるぷるとしながら言われたが、じゃあ何故あれらを宝物のように大切しているんだ。
「陛下の鈍感っ!」
ニコレッタが箱の中をガサガサと漁り、数枚のメッセージカードを取ると、私の胸にドンと押し付けてきた。
「大切なものなのだろう? 大切に扱いなさ――――」
いまだ涙をぐしぐしとこするニコレッタと、渡されたメッセージカードを交互に見る。
『
誕生日おめでとう。
素敵な一年になることを願っている。
ジェラルド
』
どれもこれも、私がニコレッタに贈ったものに付けていたメッセージカードだった。
誕生日の花束やプレゼント、新年の挨拶の花束などに付けていたもの。覚えている。何故なら毎回手書きしていたから。
「ニコレッタ」
泣きじゃくるニコレッタを見て、心臓が破裂しそうなほどに脈打つ。
この子は、ずっと私のものだったのだと。
独占欲が恐ろしい速度で膨れ上がり、同時に満たされていくのを感じた。