35:先手と飴と鞭。
馬車を降りると、公爵家使用人たちが臣下の礼を執っていました。
おおよそ五〇人はいそうです。午前中に働いてもらっている人数とほぼ変わりなさそうです。
「「お嬢様、おかえりなさいませ」」
先触れを出してはいたので、数人は出迎えてくれるといいな、などと考えていたのですが、それはとても失礼な考えだったなと反省しました。みな、プロなのですよね。
私はそれにしっかりと応えねばなりません。
「只今戻りました。今回のこと、聞き及んでいるとは思います。ですが、しっかりと私の口から説明いたしますので、大ホールに集合をお願いします。その後、騎士様や文官様たちのご案内をお願いいたします」
「「承知しました」」
陛下と二人、屋敷に向かって歩いていると、老齢の執事――ラッセルがスッと近寄ってきました。
「おかえりなさいませ」
「ラッセル。例の者たちは?」
「ご指示通り地下牢に」
「ありがとう」
ラッセルは、私が絶対に信頼できると言い切れる元執事長です。
我が家には家令が二人、執事が四人います。
家令二人と執事長と執事二人の五人は、間違いなくお父様の命令で動いていました。
ラッセルはお祖父様の時代から雇われており、メリダが義母としてこの家に入り込んですぐにクビにされていました。
お父様に頼んで私専属の執事にしたのですが、お父様はかなり渋っていました。クビにしたいと。
そして、ラッセルには無理を言って残ってもらっていました。…………いつか何かあったときのために。
「疑わしきだけの者は放置でいいとの指示ではありましたが、メリダ様とヴィオラ様付きの侍女五人は牢に入れております」
「そう。分かったわ」
陛下がいつの間に指示していたんだ? と不思議そうに仰いました。
「いつか何かがあったときは、自己判断で。と以前から」
「…………」
「……これはこれは。なんとも」
陛下は無言、宰相閣下の補佐官はボソリと。軽やかに引かれている気がします。
「その、流石にこのようなことになるとは思っておらず……」
「ん。わかっている。ただニコレッタがあまりにも聡明すぎて、アイツにはもったいなさすぎたな、と考えていただけだ」
ラッセルならフィガロモ伯爵から出た話を聞き、理解し動いてくれると思っていました。
逃走などさせはしない。
大ホールに入り、陛下にイスを勧めましたが、私が立って待つのなら一緒に待つと言って下さいました。
「集まってくれてありがとう。早速本題に入るわね。実は――――」
横にいてくださっている陛下の紹介。
そして、ヴィオラが死んだことは伏せ、今回の事のあらましを話しました。事業はケネス様が引き継ぐこと、公爵家は今後休眠扱いになるだろうこと、私が王妃になること。
「先ずは、おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
ラッセルがスッと礼をすると、皆が一斉に臣下の礼を取りました。
「ありがとう。頭を上げてちょうだい。今から一斉捜査を始めるけれど、その前に、あの三人に協力した者がいるのなら出てきなさい。今ならまだ、処罰は軽くて済むよう計らうわ」
そう伝えると、五人ほどが真っ青な顔で進み出て来ました。
「出てきてくれて、ありがとう。貴方たちは残って話を聞かせてちょうだいね」
「「はい」」
飴と鞭。
これでどうにかあの三人の企みや犯罪の全貌が明らかになるといいのですが。