34:拗らせている。
我が家に来るのは騎士様が三〇名と文官の中でも監査の役割を担っている方々が五名、宰相閣下の補佐官が二名。そして、陛下と私。
陛下はお城で待たれると思っていたのですが、陛下自身の目で見て回り、見届けたいとの事でした。
「……嫌か?」
「いえ。急に王城を空けても大丈夫なのでしょうか? それだけが心配で」
「……」
「はっはっは! 陛下、ニコレッタ嬢に通じておりませんぞ」
監査官と補佐官に指示を出していた宰相閣下が突然笑いだされたのですが、なぜ笑われたのかが良くわかりません。
嫌ではないと伝えただけですのに。陛下も何故かしょんぼりしたような顔をされています。
――――何で?
宰相閣下がにこにこと笑いながら、他の方には聞こえないよう小声で教えてくださいました。
陛下は、私が生活していた屋敷や部屋を見てみたい。冷遇されていなかったかという心配もだけれど、私室に関してはただの好奇心でしょうな、と。
ちらりと陛下を見ましたが、驚くほどに真顔です。
「そうですかね?」
「そうなんですよ。いい年して、恋心を拗らせ中なんですよ」
「うふふふっ。そうだと嬉しいです」
宰相閣下が「おや?」と不思議そうな顔をされました。
「だって、私も初恋を拗らせ中ですから」
「はっはっはっは。幸せそうで何よりですな!」
宰相閣下が大笑いしながら指示出しに戻って行かれました。陛下は真顔のままちらりとこちらを見られています。
きっと皆様の視線があるから、表情を変えたくないのでしょう。
……たぶん。
我が家に向かうため、馬車に乗り込みました。
内密な話があるからと、陛下付きの騎士と侍女は別の馬車に乗ることに。私は陛下と二人きり。
広い馬車なのに、何故か隣同士ピッタリとくっついて座っています。
「………………拗らせてないからな?」
ボソリと呟かれたのは、宰相閣下とお話ししていた内容。
「ふふっ。そうなのですね。私は拗らせてますよ」
伝えたいけれど、伝えられない想いがいっぱいです。長年秘めてきたものを外に出すのは、なかなか勇気がいります。
「そうは見えないが?」
「ずっと隠してましたからね」
ふふっと笑っていると、陛下の手が顎に添えられました。これは、キスの合図。
何度か角度を変えながら、柔らかく甘く重ねました。
「ん。もう着いてしまうな」
王城から我が家までは馬車で十五分。わりと近いのです。
屋敷の玄関前に馬車が停められました。既に使用人たちが出迎えの準備を済ませているようで、ズラリと並んでいます。
陛下が先に馬車から降りられました。そっと手を差し出されたのですが、ほんの少し躊躇してしまいました。
当主と後妻は斬首が確定、私は王太子妃になるはずだったのに、国王陛下の婚約者となり、義妹は伏せられてはいますが既に死亡。こんな家に使用人たちが残ってくれています。
残った使用人たちの思いは様々でしょうが、その全てを聞いて、今後どうするかを私が決めなければなりません。
事業はケネス様におまかせすることとなりましたが、公爵家の後始末は私一人でやると決めました。だから、馬車から降りて、みんなに挨拶して、陛下たちをご案内しなければならないのに――――。
「ニコレッタ、大丈夫だ」
「っ!」
いま、一番欲しかった言葉。
差し伸べられた陛下の手に自身の左手を重ねると、キュッと強く握られました。これはエスコートではなく、先程の『大丈夫』を後押しする陛下のお気持ち。
心がポカポカとします。
大丈夫。私は出来る。
視線を上げ、お腹にしっかりと力を入れて、馬車を降りました。