32:出来ることをやる。
床に跪き俯いた私の視界に、陛下の足先が入って来ました。
ぐっと唇を噛み締め、覚悟を決めます。
「ニコレッタ……」
両脇に手を差し込まれ、ぐいっと引き上げられ、抱きしめられました。
「私をなめるなよ! お前のせいになどするわけないだろうが!」
言葉はきついのに、抱きしめる腕は強く優しく。
「ごめん、なさい」
「何故謝る」
私たちが王家に関わらなかったら、フェルモ様はもしかしたら……と、どうしても考えてしまいます。
「謝ろうと、後悔しようと、もう元には戻らない。『たられば』はやめなさいと言ったはずだ」
「っ……はい」
「ニコレッタは、私と共に歩んではくれないのか?」
「……歩みたいです」
「ん。ならば、見るものを間違うな」
「はい」
陛下が更にきつく抱きしめて下さいました。
「あのぉ……話を続けてもいいかなぁ?」
ぽわーんとした柔らかでいて、申し訳無さそうな教皇様のお声で、いまどこにいて何をしていたのか、思い出しました。
慌てて陛下から離れ、イスに座り直しました。
この時、陛下も私も顔が真っ赤だったと、教皇様にずっと言われ続けることになるとは思ってもいませんでした。
フェルモ様に関して、これまで感じていた『妙な感覚』を二人で思い出し、擦り合せていきました。薬の効き方や症状の出方が妙なことから、もしかしたら常用されていないのかもしれないということになりました。侍医や専門医を交えてつぶさに観察していくことが決まりました。
「どういう結果になろうと、廃太子は免れないし、正気に戻ったときの精神がどうなるのかわからない。だが、本人がしっかりと現状を受け入れられるようにしてやりたい。それがフェルモにとって良いことかどうか、求めているかどうかもわからないが…………。ニコレッタ」
「はい」
「先程のように、フェルモがニコレッタを呼ぶかもしれない。その場合はどうする?」
先程の様子を見るに、私の存在は彼の中でわりと鮮明に残っているのかも、と思いました。どうやらそれは陛下も同じように思っていたらしく、状況によっては再度面会を頼むかもしれないとのことでした。
「出来ることはさせて下さい」
「ん、ありがとう」
お父様とメリダには、ヴィオラが死んだことは伏せるそうです。
薬の種類や入手先などの情報をどうにか手に入れられないか、尋問してみるとの事でした。
「んー? おやおやおやおや。こんなにもかぁ……」
教皇様がじっと私を見つめながら、何やらボソボソと呟かれています。色がどうとか聞こえますが、もしやオーラのことでしょうか?
「うん。君の色がねぇ……ひゅんひゅんと変わるから面白くて。やることが決まったら、全てリセットされて透明に戻るんだなぁとね。なるほど理解したよ」
「どういうことだ? 説明しろ」
「はぁぁぁ、やな男だよ本当に。せっかちだねぇ。もしかして、夜は早ろ――――」
陛下が教皇様の口というか顎ごと鷲掴みにして、お言葉を遮ってしまいました。
「あの、よく聞き取れませんでしたが――――」
「ニコレッタ! すぐに全部忘れなさい。何も聞かなかった、いいね?」
「は、はい」
陛下が凄みのある笑顔で『忘れろ』と言われました。きっと従っておいたほうが良いパターンです。
こくこくと頷くと、陛下もこくりと頷き返されたので、きっとこれで良いはずです!
「はぁあん、従順だねぇ。私はニコレッタ嬢が心配だよ」
「煩い、黙れ、クソジジイ」
「プッ!」
陛下と教皇様は本当に仲がいいんですね。
いつもこんなにも楽しそうに会話されているのでしょうか?
「いや、仲良くない。嫌だこんな変態ジジイ」
「嫌だよぉ、こんなワンマン王」
やっぱり仲良しです。