31:間違いなく、原因。
教皇様の私室にお邪魔し、フェルモ様のオーラについて伺うことにしました。
「さてさて。女神様に――――もぉ、目が痛いですってば」
教皇様が目頭を押さえてウーンと唸っているので、机の上に置かれた、三〇センチほどの女神像がピカピカしているようです。
私たちには見えませんが。
式の時に見えたピカピカと今回のピカピカでは何が違うのでしょうか? 少し気になります。
「はぁもぉ。他に誰か見えてる人いないのかねぇ。引退したいんだけ――――はいはいはい、すみませんってばぁ」
どうやら女神様は教皇様がとてもお気に入りの様子です。
「というか、陛下も見えてるんだからさ、陛下が兼任すれば良くないかねぇ?」
「えっ!?」
バッと、隣に座っている陛下を見ましたら、足と腕を組み、とてつもなく苦い顔をされていました。
「気軽にバラすな」
「ニコレッタ嬢だし、いいだろう?」
「…………」
陛下が無言で眉間の皺を深められました。
もしかして、私はまだ信用に値していなかったのでしょうか?
全てを話して欲しいとか、全てを知りたいとか、そういった感情はありません。教えられないこと、言いたくないことは、誰しも大なり小なりありますから。特に陛下ともなれば。
ただ、会話の流れで無言になられると、少しだけ寂しさというか悲しさが生まれてしまいます。
「あぁっ! ニコレッタ嬢、大丈夫だから、大丈夫。陛下っ! ちゃんと説明しなさい」
「……チッ」
教皇様が私のオーラを見たのか、少し慌て出されました。陛下は、何故かさらに苦々しいお顔で舌打ちをされました。
「……人のオーラは見えん。女神像のオーラはかなり薄いが見えている。だが、女神が何を言っているのか全く理解できない」
「つまりは、ただ恥ずかしいんだよ?」
「チッ」
――――恥ずかしい?
祈りを捧げたりして信仰心を深めることにより、女神様の寵愛は深まり徐々に理解できるようになるのだとか。ただこれは、元々から愛されていたり、素質がないと無理なのだそう。
そして、陛下は素質がほぼゼロなうえに、信仰心が欠片もないんだよと教皇様が大爆笑していました。
だから陛下は知られたくなかった?
「……信仰心が欠片も?」
「っ! 見えない存在に、ギラギラと変な光を見せられているだけだろうが! ある程度の信頼性と正確性は認めているし、活用はするが」
陛下が早口でそう言われると、教皇様が楽しそうにくすくすと笑っていらっしゃいました。
「さて、本題に戻そうかね。フェルモ様のオーラだが、ふむ……流石に見ていないでしょうから知らないのですよね。ただ、色の変わり方はやはり怪しい、と。たぶん薬か洗脳か……あ、薬の可能性が大きいのですね…………なるほど」
教皇様が女神様の像を見つつブツブツと呟かれていました。
「薬を? 毒見もいるのにどうやってだ……」
「っ……あ…………毒見がつかない場合が………………あります」
気付いてしまいました。たぶん、いえ、間違いなく…………我が家のせいです。
「…………大変、申し訳ございませんでした」
椅子から下り、床に座って陛下に最敬礼をしました。こんなことをしても何も償えませんし、何も元に戻りませんし、何も解決しませんが。
庭園やサロンで二人きりのお茶であれば、侍女を下がらせればいくらでもチャンスはあります。我が家は特に。そういう立場の家でしたから。
侍女や騎士たちも警戒心はかなり薄れていたと思います。
そして、何よりも我が家で時々耳にしていた会話が決定的です。
『殿下へのお菓子、用意しているわよ』
『あれね。食べてくれるかしら?』
てっきり媚を売るためのものだと……。
きっとあれです。今となってはあれに薬が入っていたとしか思えません。だって、ヴィオラがフェルモ様に関わるようになってからなんです、フェルモ様がどんどんと『妙』になっていったのは。
ずっと妙に感じてはいたのに。なぜもっと気にかけていなかったのでしょうか。
あの頃まではフェルモ様は子供らしさが残るものの、王族という立場に出来る限り向き合われていました。
どう考えても、我が家の、私たちのせい。
床を見つめるしか出来ません。
その視界に、陛下の足先がスッと入ってきました。