26:カーテン・コール
パタン――――。
陛下の私室の扉を閉め、二人でソファにドサリ。
背もたれに全力で身を預けます。
「疲れた」
「疲れました」
二人同時に同じことを言い、顔を見合わせ、クスリと笑ってしまいました。
陛下がこちらに身体を向けて片脚を座面に乗せ、肘を背もたれに預けて頬杖をついて、柔らかく微笑みかけてくださいました。
「ニコレッタ、もう良い。おいで」
陛下にそう言われ、鼻の奥がヅンと痛くなりました。
両腕を伸ばして陛下の首に抱きつき、ギュッと力を入れます。
「ん、大丈夫」
ぽんぽんと背中を叩かれ、嗚咽が漏れます。
「づ、あ………………なんで?」
「ん」
「わたしっ……ずっと…………がんばっ…………ゔぁ……」
「ん」
陛下は私の言葉になっていない単語の切れ端たちをしっかりと聞き取り、ずっと背中を撫でながら返事して下さいました。
「知っている。誰が何を言おうとも、私は知っている。ニコレッタ」
「っ……へいか………………っ、うぅ」
ボタボタと流れ落ちる涙は、陛下の肩に吸い込まれていきます。
式典用のマントを汚してしまいました。でも、止まらない。
必死に止めようとして、手で拭っていると、陛下にパシッと手首を掴まれて止められてしまいました。
「擦ってはいけないよ、赤くなるから。しっかり泣きなさい。そう言ったはずだ」
「だぁってぇ……ぅっ」
「ん?」
にこりと笑って首を傾げる陛下は可愛らしいのに、笑顔がなんだかあくどく見えます。
答えないと手を離してくれないようです。
「はっ……はなみずがっ……ついちゃう」
「ぶっ! ふはっ! ん、いい。気にせずカピカピにしなさい」
ギュッと抱きしめられて、恥ずかしいのか悲しいのか分からなくなり、またわんわんと泣いてしまいました。
この歳になって声を上げて泣いてしまうなんて。恥ずかしいのに陛下は気にするなと、背中を撫でてくださいます。
いつぶりでしょうか? このように人に抱きしめられたのは。
温かさと柔らかさと、甘い香り…………とても、落ち着きます…………。
✧✧✧✧✧
「――――ニコレッタ?」
縋り付いて泣いていた、可愛らしい私の妻。
泣き疲れて寝てしまったらしい。
鼻水を気にしたり年齢を気にしたり忙しかったが、最終的に子供のようにコテンと頭を預けてきた。
愛おしさが溢れ出す。
久しぶりの感覚に、正直戸惑っている。が、それを覚られてしまうとニコレッタは逃げそうな気がする。逃げるというよりは、身を引くというか……。
――――絶対に、逃さない。
ニコレッタを抱き上げ主寝室のベッドに寝かせる。
侍女を呼び着替えをさせていると、宰相が来たと報告があった。
「私室の方で聞く」
「王妃様の夜着はどうされますか?」
「………………普通の、でいい。寝冷えしないよう」
「かしこまりました」
後ろ髪を引かれながら私室に向かうと、宰相がソファに座りワインを一気に煽っていた。
「全く……悪酔いするぞ。あと、それは私のだと思うのだが?」
「今日の褒美にしておいてください」
「ふっ。安上がりな男だな。――――で?」
宰相からの報告は三つ。
まずオーラの色。
フェルモは、濃灰にちらちらと水色。
ヴィオラは、黒と紫とくすんだ赤。
公爵は、黒と灰色と黄土色と濁った赤。
公爵夫人は、黒と黄土色と濁った赤。
ニコレッタは、透明と濃い青。
「三人は黒か。まぁ、そうだろう。フェルモは……ん、馬鹿だからな。問題はニコレッタか」
濃い青は悲しみと後悔。まだまだ透明が多いのが救いだな。
これは後でニコレッタにも説明しよう。色とともに。
「元公爵と夫人は牢に。フェルモ様とヴィオラ嬢は隔離棟に二人一緒に入れましたが良かったので?」
「あぁ。あいつらがどう行動するか、まだ見ておく。影は付けているな?」
「はい」
取り敢えず、今日は本当に疲れた。
全員、しっかり休んで明日に備えろと伝えてニコレッタの元へと戻った。
さぁさぁ、始まりますよぉ!(何が?←)