22:終焉、第一幕
義妹が何やら叫び倒していますが、無視でいいでしょう。
これで役者が揃いました。
「なんなのよ、これ! フェルモ様!? ちょっと! 何か言いなさいよ!」
「はーいはい、では結婚式を始めましょぉかねぇ。おやおや眩しいなぁ」
祭壇の袖からゆったりと登場した教皇様。
マイペース過ぎますが、少しだけほっこりとしました。
眩しいということは、女神様が何か仰っている? オーラが見えていらっしゃるのは知っていたものの、まさか女神様と意思疎通されているなど思ってもみませんでした。
「え? 結婚式していいの?」
「はい、良いですよぉ。女神様は愛し合われている方々は、結婚して運命共同体になるべきだとお考えですからねぇ」
教皇様がいつものふんわりした笑顔でそう答えていました。ものすごく含みのある言葉に、内陣の参列客からクスリと小さな笑い声があがりました。
「じゃぁ、何であの女はあそこにいて、みんな黒いものを身に着けてるのよ!? めでたい席で失礼じゃない!」
「あぁ、許してあげなさい。寛容な心を少しくらい持ちなさい、美しさに更に磨きが掛かりますよ。王族にご不幸があったのでね。追悼の意を込めているのだよ」
「っ……わかったわよ」
教皇様、凄いです。軽く嫌味を織り交ぜつつ、納得させてしまいました。
そして義妹は、今の言葉の端々に違和感を覚えられなかったのでしょうか?
淑女教育をしっかりと受けていると聞いていたのですが、もしかしたらサボっていたのかもしれませんね。貴族たちの笑顔で柔らかな言葉を使った嫌味の応酬に気付くことは、貴族界で生き抜く必須条件なのですけどね。
「うんうん。納得してくれたし、始めようかねぇ」
……あぁ、左側からの視線が痛いわ。
式典中なのだから真っ直ぐ正面を向けないものかしら?
教皇様が女神様に祈りを捧げて下さったり、二人の結婚に祝のお言葉を述べ、婚姻証明書や王族に名を連ねるための誓約書などにサインをさせる――――という一連の流れの間、ずっとこちらを見てくる二人組がいます。
正面を向き、目を瞑る陛下…………寝てませんよね?
その陛下の横顔の向こう側に、ちらちら見える見覚えのある顔。
通路を挟んだ左隣に新婦の親族席があるのですが、お父様と義母は両側をしっかりと騎士に押さえられています。逃げないように、騒がないように。
そこから少しだけ前に身を乗り出してこちらを見ているのです。義母は恨みの籠もったような目で。お父様は何やら縋るような雰囲気を出していますね?
「はい、では誓約書にサインをしましょうねぇ」
「……」
「殿下、どうぞ?」
微動だにしない殿下に、教皇様が満面の笑みでペンを握らせました。
「私は――――」
「殿下」
殿下の後ろに控えていた騎士が声を掛けた瞬間、殿下の肩がビクリと震え、慌ててサインをしていました。騎士の脅しは、殿下に効果覿面のようですね。
「では……ええっと………………あ、ヴィオラ様でしたね。いけないなぁ、年かなぁ」
教皇様ったらおちゃめなうえに、また嫌味を。凄い精神の持ち主です。
「ったく。あの爺、楽しんでるな――――」
「っだはぁ! 間に合った!」
陛下がボソリと話している途中で、私の右隣にドサリと座ったプラチナブロンドをオールバックにした人物がハァハァと息を乱しながら、近くにいた侍女に飲み物を頼んでいました。
ケネス様、自由すぎます。
「なんだもう終わったのか」
陛下が目を瞑ったままボソリと呟かれると、ケネス様がくつくつと笑いながら、なかなかいい商談が出来た、とエメラルドの瞳を細めて答えていました。
「――――はい、サインもしっかりとしていただきましたし、誓いのキスでもしておきましょうね」
「ちょっと、もうちょっと真面目に出来ないの? 貴方、偉い人なんでしょ!?」
教皇様ののんびりした進行に、義妹が文句を叫びました。…………普通、叫びますかね? このような場で。あの子、本当に頭が可怪しいのか悪いのか。悩ましいところです。
「すっげぇな、あの娘。あ、教皇キレる」
「ん。いつかキレると思っていた。目が死ぬ」
どういうことだろうかと思いましたら、祭壇奥にある女神像がありえないほどの光を放ち始めました。
眩しい……というか、目が痛いです。
「おまっ、だからずっと目を瞑ってたのかよ!」
「ん」
――――陛下!?
それは、自分だけズルくないですか!?