21:終焉、序幕
「さて、向かおうか」
低く覚悟を決めたような陛下の一声。
いまこの時から、全てが動き始めます。
陛下にエスコートされ、城内を歩きます。
人々が壁まで下がり、陛下に頭を垂れて臣下の礼を執る。
この国の長である国王に対する敬意。
私はこの方の隣で誇れる自分でありたい。
だから、何が起ころうとも、どんな真実が飛び出そうとも、逃げません。
教会に入ると身廊を通り、内陣――参列席に向かいます。
内陣には既に参列者が満席の状態でした。その全ての人々が立ち上がり、陛下を迎えます。
祭壇に向かって右手側の最前列が陛下の席。そして、その隣に座ることが許されているのは、陛下の妻である王妃のみ。
現在空席となっているそこに座るよう言われ、ゴクリと唾を飲み込みました。
ここに座ることの責務の大きさは、妃教育で十分に理解しています。
王太子殿下の婚約者となり、次代を担う者として、何年にも渡り厳しい教育を受けてきましたから。
「ニコレッタ」
「はい」
陛下に促されゆっくりと着席すると、陛下が安心されたようにふわりと微笑まれました。
――――あぁ。
きっと陛下も不安だったのですね。
「大丈夫ですわ」
「ん」
陛下も着席され、いよいよ新郎である王太子殿下を呼び込む時間です。
内陣は百人近い人がいるはずなのに、何の物音も聞こえないほどにシンと静まり返っています。
ただ、左側の席にいる、義母の視線に異様なほどの力強さがあるだけで。
両隣を騎士に挟まれて座らされているので、少し前かがみになり、顔をグイッとこちらに向けています。
――――凄いわね。
人は、あそこまで『憎悪』と分かる表情が出来ますのね。
王太子殿下入場のアナウンスがあり、身廊の扉が開きました。
普通であればこの時点で盛大な拍手が起こるのでしょうが、先程と変わらず、何の音もしない状態です。
衣擦れ音とカツンカツンといった足音のみが響き続けます。それは殿下が内陣に入られても変わらずでした。
殿下が後ろについてくる騎士に小さな声で話しかけているのですが、騎士は返事をしません。
――――味方など、いませんよ?
殿下が祭壇の前に立ち、こちらを振り向いた瞬間、目が合いました。
「ニコ……レッタ? なぜ、そこに?」
殿下ににこりと微笑み掛けて、無言を貫きます。
「父上?」
陛下は、ただ正面に置いてある花の飾りを無表情で見つめているだけでした。
「なぜ…………皆、そのような服を……?」
「お静かに願います」
殿下の後ろに控えていた騎士がそう言うと、カチャリ、と剣を鞘ごと持ち上げて殿下に見せていました。
あれは当国では『従わねば斬る』という騎士のサイン。さすがの殿下も口をパクパクと動かした後に、グッと口を噤みました。
参列者の殆どが、式典用の服ではあるものの、華美な飾りは取り、葬儀用と大差ない装いです。ドレスの女性たちには王城から黒いショールを配布したこともあり、更に葬儀のような雰囲気が出ています。
お父様と義妹を呼び込むアナウンス、そして入場。
宰相閣下から伝え聞いた、義妹の好みに改造したウエディングドレスが、実際にはどうなっているのか見るのが楽しみでした。
――――あ。なるほど。
王太子殿下の大好きなお胸をバーン!でした。
袖や胸元から襟にかけて付けてもらっていた美しい手編みのレースは、綺麗に取り払われ、胸元の布を大きく切り開いています。
「…………凄い、ですね」
「ブッ……」
あまりにもな扇情的なデザインに声が漏れ出てしまいました。
隣から吹き出す音が聞こえました。絶対に陛下ですよね?
チラッと見ましたが、当初と変わりなく無表情です。
お父様と義妹は、内陣の異様な空気に何度も辺りを見回していました。義妹は王太子殿下に話しかけたりとしていましたが、殿下は口を噤んだままです。
だって、斜め後ろに帯剣した騎士が控えていますからね。
「っ!? アンタ! 何でそこにいるのよっ!」
義妹が教会内に響き渡るほどの声で、叫びました。
今から王太子妃になるというのに、礼儀も恥じらいもないのでしょうかね?