2:実った想いと、懐き続けていた疑惑。
「では、私を陛下の妻にして下さい」
「……っ!?」
深夜にも関わらず、国王陛下の私室にお邪魔したのは、人生最大ともいえるであろうワガママを投下するためでした。
王太子殿下がお生まれになって、私はずっと王城で殿下のお世話をしていました。
乳母の授乳を見守り、離乳食を与え、おむつを替え、遊び相手になっていました。
時には国王陛下と一緒に。
執務の隙間を縫って、陛下は王太子殿下に会いに来られていました。
亡くなられた王妃殿下にそっくりな瞳を見ては、そっくりな髪質を撫でては、いつも寂しそうな笑顔を浮かべられていました。
王太子殿下が立ち上がった瞬間、お喋りした瞬間、それらを陛下と共に見守っていくうちに、淡い想いは抱いてしまうわけで。
叶うはずもない、子供の初恋でした。
「――――ずっとお慕いしておりました」
私の婚約者は幼い王太子殿下。
王族と公爵家の契約で、絶対に裏切ることのできない相手。
十も歳上の私が、王太子殿下の婚約者として受け入れられていた理由は、我が公爵家の領地から産出される良質の絹にあります。
先王とお祖父様の契約は、両家の繋がりを強くするために両家の孫を結婚させるというものでしたが、本心はそれぞれ別のところにあったと思います。
我が公爵家は、王室御用達というネームバリューでの価格釣り上げと、希少性のアピール。
王族としては、他国に安易に流出させたくない。国の希少な特産物としての立ち位置にしたい。
そんな両家の思惑が絡み、結ばれた契約的な婚約でした。
絶対王政のこの国で、王族と結んだ契約的な婚約を破談にするなど出来ません。普通は。
…………でも、ですよ?
王太子殿下自らが裏切ったのなら。
私も、思いのままに生きても良くないですか?
「……」
国王陛下が両膝に肘をつき、項垂れて微動だにしなくなりました。
「陛下?」
「…………ニコレッタ、逃してやれんぞ」
「え?」
国王陛下がスクッと立ち上がり、大股で近付いて来られました。
目の前に立たれ、クイッと腰を抱き寄せられます。
――――あれ? あれれ?
もう自由の身だから、好き勝手してみたいと思っただけなのです。
ただ想いを伝えて、断られて、修道院にでも入ろうかなぁ……などと計画していたのです。
予想外の行動をする国王陛下を見上げると、陛下の顔がゆっくりと近付いてきて、唇が重なりました。
「ん――――」
「私がしっかりと責任を取ろう。こんなにも美しく聡明なニコレッタを手放すなど、我が息子ながら馬鹿だな」
再度重なった唇は熱く溶けそうなほど甘いものでした。
「ニコレッタ、私の妻になれ」
「っ! はいっ」
結婚前夜に義妹に婚約者を奪われたので、責任を取ってもらいました、国王陛下に。
長年秘めた想いが成就することもあるのですね。
取り敢えず、明日の結婚式は王太子殿下と義妹で行うようです。
なんだか大騒動になりそうですが、心から祝ってあげられそう。
近々訪れる未来に、戦々恐々とするがいいわ。
「陛下、私……何が何でも男児を産んでみせますわね」
「っ、はははは! 久しぶりだな。こんなにも楽しい気分は」
悪女は義妹なのか、私なのか。微妙なところですね。
――――因果応報。
そう、これは因果応報なのです。
王太子殿下の秘めたる恋心にも、義妹と義母のどす黒い欲望にも、勘付いていたのに、知らぬふりをしていましたから。
二人が一線を越えなければ、私はずっと見て見ぬふりを続けるつもりだったのに――――。
◆◆◆◆◆
王太子殿下と義妹の関係に疑惑を持ち始めたのは、三年ほど前からでした。
「ニコレッタ!」
「殿下? このような場所で、どうされましたか?」
登城し、王太子殿下と待ち合わせをしているガゼボに向かっている途中で、王太子殿下に声を掛けられました。
王城庭園の隅にある、植え替え用の花を育てている温室から出てこられたようです。
「あっ、その、ちょっとニコレッタに花束を用意してもらおうかと思ってたんだけど、庭師がいなくて」
「まぁ、ありがとう存じます」
この数年、王太子殿下の帝王学の授業が始まり、執務の割り振りも出てきたため、週一回ガゼボでお茶をする約束となっていました。
その際、小さな花束をもらうこともあったので、今回もそれだと思ったのです。
ともに向かおう、と王太子殿下が右手を差し出されたので、エスコートにお礼を言いつつ歩き出したとき、温室のものであろう扉が開く音が微かに聞こえました。
チラリと視線をそちらに向けると、義妹であるヴィオラが小走りで去るのが見えました。
――――ヴィオラがなぜあそこに?