18:たられば。
黒髪少年の報告によると、お父様と義母が部屋で祝杯を挙げていたとのことでした。
お父様から拾えたのは、『お前の計画に乗ってよかった』『ヴィオラは王太子妃に』『ニコレッタが公爵を継承出来る』『無能な親族たちに私の財産をとられてたまるか』『老後はお前と遊び放題だ』。
義母から拾えたのは、『この幸福を手に入れるためには、夫人は邪魔だったでしょう?』『上手いこと死んでくれて良かった』『何かに使えると思って連れてきたけど、役に立ったわね、あの子』。
「……ほう」
「それはそれは、とても興味深いお話ですわね?」
「「……」」
にっこりと微笑んだはずなのに、なぜか陛下含め部屋にいた三人の方が、引き攣ったお顔になられました。何故でしょうね?
我が家の爵位証明の特許事項には私が一人娘のため『第一継承権は娘のニコレッタ・レオパルディとする』と記載されています。これはお母様が次の子を望めないと分かって直ぐにお父様が貴族院に申請をしていました。
そのころ王太子殿下は生まれたばかりではありましたが、私は既に殿下の婚約者となっていたにも関わらず、受理されて疑問に感じてはいました。
その頃からお父様は何やら画策したり、怪しい動きをしていたのかもしれません。
気付けなかった。
当時、不思議には思っていたのに。
もし私が何か気付けていたら、お母様は生きていて下さったのではないでしょうか?
あのような形で亡くなられる事は、なかったのではないでしょうか?
お母様は、お父様を愛していらっしゃいました。
少し頼りないところもあるけれど、重責に耐えながら公爵家を護っているのだと。私達が支えてあげましょう。といつも柔らかに微笑まれて――――。
「っ…………」
「他に急ぎで聞いておいた方がいい情報は?」
「ありません」
「こちらもありません。細かなものは後で書面にします」
「ん。下がれ」
「「ハッ!」」
先程から急に目の前が真っ暗になりました。
温かな何かに目を覆われているようです。
「ニコレッタ、泣きたいのなら泣きなさい。私の前では我慢しなくて良い。たられば、は考えるな」
温かな何かは、陛下の手。
するりと手が下ろされ、後ろから抱き締められました。
式典用の服だから、すまない、と。
陛下の優しさが身にしみます。
「っ、まだ、まだ泣きません」
全てが終わった時に、泣きたいです。
今は、まだ。
全てを解明させてみせます。全てを詳らかに。
「まだ、確定ではありませんからっ」
「公爵の関与を否定したい?」
「いえ。お父様は、確実に関与をしているでしょう。ですが、まだ『もしかしたら』です。確実に、三人とも仕留めます」
陛下が後ろから覆いかぶさって、体重を掛けて来ました。ちょっと重たいです。
「っははははは! ニコレッタは強い。教皇からお前のオーラの色を聞いて、心配していたが……お前の透明は、透明のままなのかもしれないな。お前は本当に強い。そして、美しい」
「――――っ、そんなことを今言わないでくださいませ! 泣いてしまいます!」
「っ、はははは! すまんすまん!」
陛下がとても楽しそうです。横目で少しお顔が見えるのですが、目尻にちょっとだけ涙を浮かべているような気がします。そんなに面白かったのでしょうか?
「では、私もニコレッタに心の内をもらすとしよう――――」
陛下が私を抱きしめたまま、ぽそりと話し始めました。
この瞬間まで怒りで進めて来たが、心の端にフェルモをどうにか出来ないかと思ってしまう自分がいる。
あのような馬鹿だが、息子だから。どうしても愛がある。
あの頃の可愛さが、純粋な笑顔が、目の奥に浮かぶ。
ニコレッタには『たられば』は考えるなと言ったが、私が一番考えているかもしれない。
なぜ父王が死んだ時に、反対が出ようと婚約を解消しなかった? なぜためらった? ニコレッタが解消に傷付くから? いや、ニコレッタとの繋がりがなくなると心の奥底で思っていたからだろう。私が、この事態を引き起こした。
「息子は、絶対に廃嫡する。始末の付け方を学ばせる」
「はい」
国王だから、今後フェルモ様をどう扱うかを決定し、国に発表しなければならない。
いまだけはただ一人の男性として、息子の不始末に心を痛める父として、抱きしめてあげたいと思いました。