17:テンペスト ―― 沸き上がる怒りの暴風
頭を垂れたフィガロモ伯爵より伝えられたのは、耳を疑うほどの内容。
義母――メリダがこの国に入り先ずしたことは、お父様への連絡。
これは先程の黒髪少年の話から予測はついていました。
あまりにもみすぼらしい元恋人と子供が現れ慌てたお父様は、お母様の実家が全く使っていない避暑地の別荘に住まわせる事にした。
――――お母様の?
お母様の実家は伯爵家なのですが、子供が娘しかいなかったことから、現在は『休眠扱い』となっています。
爵位の特許事項を事前に設定しておらず、娘が爵位を正式に継ぐことが出来ませんでした。その為お母様と妹達――叔母様の四人で『共同継承』をしていました。共同のため、爵位を名乗れる者はおらず『休眠』という扱いになるのです。
お母様が公爵家に嫁いでいたことから、建物の管理はお父様が請け負っていました。公爵家の別荘類の管理をしなれているから、という理由で。
「管理費が別になるので、まさか公爵が管理に手出ししているとは端から思っておらず、わたしの慢心からくる調査不足でした」
「そこはいい。誰もが公爵がやっていたとは思わんかっただろう。共同継承者がいるのに、だ」
「…………そうですね。管理は確かにお父様がしていましたが、書類上は叔母様になっていましたし。世間体がなどと話していたかと思います」
「ん。まぁ、だろうな」
自身で管理できない、と公言することになるのは貴族は嫌がるからな、と国王陛下が頷きながら仰いました。
「その別荘で二年ほど静かに過ごしていたものの、公爵がなかなか訪れないことに痺れを切らし、メリダは公爵家に何度か駆け込んでいたようです。流石、公爵家の使用人たちです。今の今まで情報漏洩がありませんでした」
「今回の調査でなぜ直ぐに分かった?」
「……」
フィガロモ伯爵がチラリと私に視線を向けられました。
「大変申し訳ありません、ニコレッタ嬢のお名前を使わせていただきました」
使用人たちに私が困っていて、情報を秘密裏に集めている。あの悪女たちをどうにか出来ないか王家も動いていると伝えたそうです。
「ボロボロと情報が出てきました」
「…………ふむ? ライバルは多い、ということか」
「ええ、かなり」
一体何の話をされているのでしょうか? 急に陛下とフィガロモ伯爵がコソコソと話し、最終的に『使用人たちは何人か王妃付きとして雇う』と宣言されました。それは嬉しいので大賛成なのですが、なぜコソコソだったのでしょうか?
「気にするな。続けろ」
「ハッ!」
お母様の馬車が事故に遭った日は、冬の嵐の時期でした。
大雪の中、山肌に近い道を走って我が家に戻っている途中の事故で、雪で隠れた倒木を車輪で踏んでしまい、崖下に落ちたのだと聞かされていました。
なぜそのような場所を走っていたのか、どこに出かけていたのか。
「道から推測するに、メリダと娘が住んでいた屋敷から戻る途中だったのではないかと。夜中に馬車を走らせるほどなので、相当に何かを急いでいたのだと……」
「お母様の死には、あの二人が関係している?」
「推測の域は出ませんが、可能性は大きいでしょう」
フィガロモ伯爵の真剣な表情から、その推測は外れていないのだろうと考えていることが伝わってきました。
やっぱり、あの二人が関係しているのね。
後妻になったタイミング的にも、とても怪しくは思っていたのですが、段々と疑惑が確信に変わりだしました。
その他の報告を聞いていると、いつの間にかフィガロモ伯爵の横に黒髪少年が現れていました。
「どうした?」
「公爵の部屋の影から連絡です………………メリダが馬車の事故を起こさせたのは確定とのことです。また公爵も承知しているもようです」
「っ!」
一瞬にして沸き上がる怒りの熱。
体が熱い。
体が震える。
「詳細を話しなさい」
「っ、ハッ!」
燃えるような怒りが全身を突き抜けたような感覚に陥った瞬間、なぜか冷静な思考に切り替わりました。
思考と全ての感情の繋がりが切り離されたような感覚です。
スッとソファから立ち上がり、黒髪少年を見下ろしながらいつの間にか命令していました。