16:嵐の前の静けさ。
しばらくは肩の上に陛下の頭が乗っていたのですが、陛下がモソモソと動き出しました。ソファに横になられると、私の太股に頭を乗せ、スウスウと柔らかな寝息を立て始めました。
なんとなしに髪の毛を撫でると、ふわふわサラサラとした何とも言えない手触り。
普段はキリッと釣り上がり気味の眉。眉間から力が抜けたせいなのか寝顔が少し幼く見えました。
国王陛下という最高位で、年上で、憧れの存在の人。だけど今は膝枕で、体を少し丸めて幼子のように眠っています。
「…………かわいい」
ぽそりと自分の口から漏れ出た言葉に少し驚いてしまいました。
陛下の新たな面を見るたびに、心がぽかぽかと温かくなったり、心臓がギュッと苦しくなるこの現象は何なのでしょうか?
凛々しい陛下を見れば心臓は早鐘を打つ。
柔らかな笑顔を向けられれば心臓は甘く締め付けられる。
まるで、陛下が私の心臓を動かしているようです。
これは――――恋、だわ。
仮眠されていたのは時間にすれば一時間程度だったのでしょうが、陛下に対する想いを再認識するには充分な時間でした。
「ん…………頭を撫でられるのは心地良いな」
ふにゃりと微笑みながら起き上がられ、その流れで触れるだけの口付け。陛下は、甘やかし上手すぎます。
私、今まででこんなにも『愛されている』と思えたことはありませんでした。
なんというか、とても擽ったいのです。
ベッドの上で体をギュッと丸めたり、ゴロゴロと転がったり、手足をバタバタさせたい、そんな気分なのです。今は出来ませんけど。
「ふあぁ……いつの間にか膝で寝ていたんだな。痺れてはないか?」
「はい…………大丈夫です」
ゆるりゆるりと頬を撫でられて、昨日今日で何度も繰り返した口付けを思い出してしまいます。
頬がどんどんと熱くなっていくような気がします。というか、たぶん気がするのではなく、本当に熱を持ち真っ赤になっていそうです。
陛下が先程とは違う勝ち気なお顔でにやりと笑われ、また唇を重ねられました。
「――――んっ」
「はぁ……拙いな。とても拙い」
唇を何度も重ねながら陛下に抱き上げられ、気づけば陛下の膝の上に横座りにさせられていました。
ぎゅっと抱き締められ、呟かれた言葉。
何が拙いのかとお伺いすると、面倒くさいからあの三人をスパッと消して、私とただただ愛し合いたいのだと言われました。
「――――っ!?」
「ふはっ! こういうとこで真っ赤になるか! ニコレッタは本当にスレてないな。あー、いかん。本当に煩悩に流されまくりそうだ。聞き流してくれ」
陛下がソファの背もたれにドンと体を預け、仰向け気味に伸びをされたので、膝に乗っていた私もそちらの方向に引っ張られてしまいました。陛下の胸にしなだれ掛かるような形で。
嵐の前の静けさとでも言うのでしょうか?
本当に、本当に穏やかな時間を過ごすことが出来ました。
『陛下』
二回目のどこからか響いてくる謎の声。
でも聞き覚えのある低い声。これはフィガロモ伯爵の声。
この急な声掛けに慣れることは出来るのでしょうか? またもや肩がビクッと跳ねてしまいました。そして陛下はまたもや肩を震わせて笑いを我慢しています。酷いです。
「出てこい」
『ハッ!』
シュタッと現れる伯爵。
彼から淡々と聞かされた内容は、私の心の中に途轍もない大きさの嵐を作り上げることとなるのでした。