12:喉の奥。
参列者と話を合わせ、結婚式を執り行うのは決定いたしましたが、式を執り行ってくださるのはキュラスト教の教皇様。
キュラスト教は愛と正義を理念とし、心の広い女神様を信奉していますので…………今回の結婚式を請け負ってくださるかは、謎、だそうです。
――――謎、ですか。
「この会議が終わったら、私が行くからまぁ、たぶん大丈夫だろう。たぶん」
――――たぶん。
教皇様の力はそこまで強かったのですね。打ち合わせでは宰相閣下とほのほのと柔らかな笑い声を出しているおじい様といった感じの方でしたが。
「私も同席しても構わないでしょうか?」
「うーん……」
「あ、俺は連れてったほうが良いと思うぞ」
国王陛下は悩んでいる仕草で否定的な返事だったのですが、ケネス様は私を連れて行った方が良いと言われます。
陛下が何故だと問われると、ケネス様がニカッと晴れ渡るような笑顔で「あのジジイもニコレッタ嬢のファンだ」と言われました。
「ファ、ファン、ですか?」
「あぁ絶対な!」
教皇様は、私の前ではいつも笑顔だろうと聞かれました。
どうやら教皇様は陛下やケネス様には結構に辛辣な対応をされるらしいのです。そんな話をしていると、他の方々もうんうんと頷かれています。
ちょっと信じられないのですが、男性にはかなり酷しいお方のようです。
とにかく、教皇様へのお願いは私も同席することと決まりました。
「さて、その後だが――――」
結婚式後についてもどんどんと決めていきました。
「まぁ、この辺りまで決めておけば、大丈夫だろう。起こりそうなイレギュラーとして、思いつくものはあるか? 忌憚なく述べてくれ」
皆さま、元から忌憚なく述べられていたような気がするのですが、更にズバッと述べられるのでしょうか。
三人のお方から言われたのは、義母と義妹の出自をもっと詳しく調べたいとのことでした。確かにそれは気になってはいましたが、喫緊の事項ではないかと思っていました。
「ふむ。理由は?」
「公爵家の後妻になるにはあまりにも身分が低すぎること、レオパルディ公爵令嬢がいらっしゃる場でこう言ってはなんですが、あの公爵にあの奥方は些か…………」
「些か?」
国王陛下が片眉を釣り上げ続きを促しました。
「……その」
地位は伯爵家ではあるものの、数百年前この国の立ち上げに携わったと言われているフィガロモ伯爵が、少し言いづらそうなお顔でちらりと私を見られました。
伯爵はいつも厳しいといいますか、厳ついお顔で睨みつけて来られる方だったのですが、今はとても柔らかな表情をされています。
「ハッキリ言って良い」
「はっ。以前、怪しいと思って奥方を調べてはいたのですが、公爵家の侍女を辞めた後から、後妻に落ち着くまで。この期間の足取りが全く掴めなかったのです」
陛下が発言を促すと、伯爵が片膝を立て床に跪かれました。
「お前の手のものでもか?」
「はい。今回を機にもう少し詳しく調べたいと考えております。我が機関を総動員させても構いませんか?」
「ん。構わん、好きに動かせ。ただし、必ず有益な情報を持って来い」
「はっ!」
伯爵が一際大きなお声で返事をされると同時に、ヒュッとお姿が消えました。
「え……消え…………」
「んむ。フィガロモ伯爵は諜報の一人でね」
「本当に存在していらっしゃいましたのね」
噂では聞いたことがありました。
王家には情報を収集することに長けた機関が存在すると。ただ、それはどの国にもある陰謀論などのようなもので、幼い少年の想像の産物なのだとばかり。
何年前だったでしょうか、王太子殿下がまだ幼く見るもの全てが面白く、どんな場所も探検だと楽しそうに笑われていたのは。
あの頃に、何度かお話を聞いた覚えがあります。殿下が『ニコレッタ、しってる? ユーリョクなきぞくは、チョーホーっていうミカタとか、サイキョーのアンサツシャってのをカコっているんだって! おとうさまにもサイキョーのミカタがいるっていってたよ!』と騒ぎながら、訓練用の木剣を振り回し…………。
――――あら? 暗殺者?
ふと想い出した王太子殿下の言葉。
この言葉が、このあと続いた話し合いの間、ずっと喉の奥に引っかかり続けていました。