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 第11話

じゃあ、始めるよ。


 個人的にめちゃくちゃ怖かった体験。地方に合宿で自動車免許を取りに行った時の話。親父が山形の新庄ってところの出身でさ、新庄に親戚もいるし、親父の友達が合宿所の近くで商店やっててね、そこの息子さんとオレも同じ大学の卒業生で知った仲だったし、じゃあ、新庄で取るかってなって。梅雨明けに合宿に向かったんだ。


 バイクの免許持ってたもんで、座学はほぼ免除。何コマかだけの座学と技能講習だけの合宿になったもんだから結構暇でね、座学のコマは親父の友達の商店でバイトして技能の時に自動車学校に戻って受講することにしたんだ。一日座学なんて日もそこそこあったからいい時間つぶしもできたし、金にもなるしの一石二鳥。

 

 合宿所は国道沿いの旅館だったんだけど、今もあるのかな?震災の時になくなってなけりゃ、あるかもな。中高生とかが合宿に使うような旅館で3階建。オレより先に同じ合宿に通ってる人達がいて男が1人、女が2人。まぁ、入れ代わり立ち代わりに人の出入りがあったんだけどね。その時はその旅館に泊まってる面子が少なくてほぼほぼがら空きだった。部屋も旅館が混んでるときは1部屋2名らしかったけど1部屋1名の個室状態で悪くなかった。


 初日の夜、食堂で飯食って近所のコンビニで酒とつまみを買って部屋でのんびりTV見ながら飲んでたら、『コンコンコン』とドアをノックされた。何だろと思ってドアを開けたら、先に合宿に来ていた3人が「歓迎会しよう!この部屋で!」って酒とつまみを持って来たんだ。まぁ、断る理由も無し、飲むなら相手がいるほうが楽しい。「ありがとうございます。よろしくお願いします。」って挨拶してオレの部屋で飲み始めた。


 お互い自己紹介して、男は宮城県出身、女は1人が秋田、1人が青森でオレ以外東北出身者、まぁ、血統的にはオレも半分山形人だし、ズーズー弁も多少は分からなくもないから雑談に盛り上がってたんだ。


 そこへ水を差すことが起きた。オレの部屋のドアをノックする音が『コンコンコン』てね。みんながドアを見たからオレの空耳じゃない。酒盛りで盛り上がってたのは確かだが、注意されるほど騒いでた訳じゃなかったし、そもそもオレの部屋にいる3人以外にはこの階どころか2階にも居ないはずだった。みんなで「ん?」みたいな感じになったがオレの泊まる部屋だ。オレが返事をしてドアを開けた。開けたんだが誰もいない。オレの部屋は階段を上がって最初の部屋だったから、階段の下も奥へ向かう廊下も全部見渡せる。ピンポンダッシュとしても隠れられるようなところはなく、走れば足音が分かる。


 部屋にいる3人に向かって「誰もいない。なんだろね?」と声掛けしつつ元いた場所に戻り、みんなで話し始めたら、また『コンコンコン』ってノックされた。みんなで顔見合わせて「ノックされたよな?」「ノックされたよね?」の一言。で、またオレがドアを開けて確認してもやっぱり誰もいない。さすがにちょっと気持ち悪いが廊下の先まで確認に行き、次いで階下まで見てきた。2階はやっぱり誰もいないし節電だろうか廊下に電気も点いてなかった。仕方ないので部屋に戻って3人に聞いたんだ。「今日ってオレたち以外にこの旅館泊まってる人いるん?」てね。3人から聞いた話だと、新しく人が来るときには案内があるらしく、その日はオレだけがその旅館に来たと。ここ何日かは誰も来ていないし、暫く人が増える予定もないはずとのこと。


 それじゃ誰がドアをノックしたんだ?ってことになったんだが、話してる最中に『コンコンコン』って3回目。女2人は完全に固まって、男の方も少し青くなってたし、オレも青くなってたと思う。さすがに3回目。見に行くのも腰が引けたもんで「オレが行っても誰もいないから誰か行ってみな。」ってね。今思えばひどい無茶振りだがその時は本当にオレ以外なら違うリアクションあるのか?って思ったんだよ。


 で、男が先に立って見に行こうとしたから、その後ろについて一緒に見に行ったがやっぱり誰もいないもんだから、女2人は結構おろおろしちゃってね、お開きにしようって2人を部屋まで送って、男は自分の部屋にオレも自分の部屋に戻って寝ることにした。そのあとは酒も回ってたせいもあってかすぐ深い眠りについたみたいで前後不覚だ。朝日が差し込んで目が覚めて、シャワー浴びて朝飯食いに食堂に降りたら先に3人は飯食ってて、「おはよー。」って声かけて同じ卓についたんだ。「おはー。」って返事の後、男が「やっぱり、俺達以外に泊まってる人は居ないし、次に新しい人が入ってくるのは2日後だってよ。」とのたまった。朝一で旅館の主人に聞いて確認したそうだ。


 じゃあ、夕べのあれは?ってんでみんなが部屋に戻った後の話を聞いてみたら女2人は一昨日までは何もなかったのに昨日部屋に戻ってから窓の外から誰かが見てる感じがした、とのこと。まぁ、あんなことがあったから神経が過敏になってるんだろうと聞き流して、各々自動車学校へ行き、オレはバイトの迎えを待って一日バイトして旅館に帰った。


 2日目の夜。またオレの部屋で飲むことになってみんな集まり、歓迎会のやり直しだか続きだかってんで飲み始めたんだ。東北の夏祭りの話やら免許取ったらどこ行こうやら他愛のない話で盛り上がったところ。天井からドタバタ走り回る音が聞こえだした。みんなで上見上げたんだけど、間抜けたことにオレが「あれ?ここって屋上入れたっけ?」なんて言ったもんだから、3人とも顔引きつらせて「この建物、3階までしか階段ついてない。」「避難用の外階段もこの階までだったよね。」「ていうか、今日も私達4人しか泊ってないよ…。」女2人はこの時すでに涙目。


 うわ、マジか。尋常じゃ考えられない。今までの経験で心霊スポットでラップ音とか写真にオーブが写ったりはあった。そんなことでやいのやいの大騒ぎしていたのが屁みたいに思えた。酒飲んで気が大きくなってても普通に怖かった。得体が知れなさすぎた。3人に確認のつもりで聞いた。「ここに泊まり始めてから昨日までおかしなことってあったん?」


 3人は口をそろえて「ない。」と。どうもオレが来た日から異状が起き始めたみたいだが理由が分からなかった。自宅から羽田、山形空港からバスで新庄まで来て送迎バスで合宿所まで寄り道する時間もなかった。学生時代には面白半分で心霊スポットなんかも良く行ったが、とあるお坊さんに嘘か誠かオレは連れて来やすいタチだから気をつけろと強く注意されてから、それもしなくなって久しい。


 原因がオレだとしても心当たりが全くないし、どう処理すればいいかすら分からない。シンとなってしまった雰囲気はどうすることもできず、その場はお開きになった。女2人はとても1人じゃ居られないとどっちかの部屋で一緒に寝ると言い出し、2人を部屋まで送った。さすがに男の方は自分の部屋に戻った。オレも部屋に戻り、酒盛りの片づけをし、残ってた酒をあおっていたら今度はパタパタと部屋の前を走り回る音が聞こえ始めた。音の軽さからすると子供が走っているような音。怖いながらもドアを開けて廊下に出てみたがやはり誰もいない。


 そこで何かが吹っ切れたのは酒のせいか…。怖い以外に実害があるわけじゃない、飲みなおして寝る。そう決めた。


 翌朝、シャワー浴びて部屋を出たら女2人と鉢合わせたもんでおはようの挨拶をして一緒に食堂に行き先に飯食ってた男の卓をみんなで囲んでみたがどうしても暗い雰囲気になる。ただ、女二人は翌日卒検で今日が最後の宿泊って話になって夜にはお別れ会しようってことになった。今考えりゃ、単純に怖い思いが増えるかもしれないのに暢気だよな。あとで聞いたらオレも鈍感で秋田の女と宮城の男はいい雰囲気になりつつあったらしく、その晩みんなで飲んだ後、2人で飲みなおすことになってたらしい。


 さておき、問題の3日目、なぜかオレの部屋でお別れ会。そしてお約束の様に廊下から人が走り回る音。3日目にもなると女でも多少免疫できるのか、これで最後と思ったのか2人とも気にする風でもなく0時近くまで酒盛りしてお開きになった。みんなそれぞれの部屋に戻ったのか秋田と宮城の2人はどっちがどっちの部屋に行ったのかそれは知らん。ただ、寝ようと思ったらノックの音がして無視しようとしたら「ごめん、まだ起きてる?」と声がかかった。ノックは青森の女だった。


 忘れ物でもしたかと思って「忘れ物?」って聞いたら、1人で部屋にいるのはやっぱり怖いとさ。秋田の女は宮城の男の部屋に行ってるし邪魔するのも悪いからしばらく部屋にいてほしいと。なんじゃそりゃ。ただまぁ、オレのせいで怖い思いさせたかもしれないと思うと無碍にも出来ず…。青森の女の部屋にお邪魔した。しばらく話をして特に何もおかしなことは起きなかったからもう大丈夫だろうと自分の部屋に戻って翌日。秋田女と宮城男はすっかり出来上がった雰囲気でヤレヤレと思いもしたが所詮他人事。


 女2人は旅館から送迎バスで帰り、宮城男はその日卒検。オレはバイト。バイトが終わって合宿所に戻ったら新しく女2人が合宿所に来てた。2人とも宮城の出身で看護学生。新人が来たら歓迎会ってことで完全に飲み部屋になったオレの部屋で歓迎会。2人には異状のことは伝えず、酒盛りを始めたが何も起こらない。昨日まであんなにはっきりと何かしらが起きていたのにだ。


 何事も起きず、普通に歓迎会も終わって男と少し話したが男も不思議がってたが何も起こらなくてよかった。入ってきた2人には異状については伏せておこうって決まった。その後、ぴたりと異状は起こらなくなり、宮城男も地元に帰り、新しく合宿所に人が増えても何も起こらず。初日の3日はいったい何だったのかと思った。ふと、気になったのはオレに心霊スポット遊びをやめるように言ったお坊さんの話。彼岸のモノと此岸の者には相性があってより結びつきやすい者に乗り移ることがあるって聞いた。つまりだ、もしかするとオレが連れてきて先に帰った2人の女のどちらかが連れて行ったんじゃないかってこと。確認のしようもないし、仮にそうだとしても何もできないから詮無き事と思うことにした。


 そんなオレにも卒検の日が来て無事に合格し、送別会もやって翌日。講習のある連中を見送って送迎バスを待つまでの数時間。荷物をまとめてバスを待つだけになり、自分の部屋で合宿最後の時間をベッドに横たわって過ごしていた。


 異状のことは完全に頭から抜けてた。開け放ったドアからの風が気持ちいいなぁ…。なんて思ってた次の瞬間。風と一緒に真っ黒な人影が部屋に入ってきてベッドに横たわってるオレの胸を押さえつけた。あっと思う間もなく体の自由が無くなって身動き取れなくなって、目の前には本当に真っ黒な人型のモノ、全身真っ黒なのに視線はこっちを睨んでるって分かるんだ。それがオレの胸に手を当ててぐっとベッドに押し付ける感覚。ベッドに体が沈み込む感覚。これでも身長180㎝で体重70kg、水球で鍛えたガタイは1俵60kgの米袋担いで積み替えるくらいの膂力は持ってる。それが全く役に立たないことに本気でゾッとした。声も出ない、指先一つも動かない。目の前に正体も目的も分からない真っ黒なナニか。


 胸を押さえつけられているせいなのか、精神的なことなのか、あるいは両方なのか。息苦しい、いや、空気が吸い込めていない。感覚的には深く潜水するために水中で息を吐き切ったあと、限界まで潜って浮上するときの空気を吸いたくても吸えないあの感じ。頭の中に心臓の鼓動だけがドクドクと波打って聞こえそのまま意識が飛んだらしい。


 何がきっかけで気が付いたのか分からない。あまりに普通に目覚めたような感覚に転寝して変な夢でも見たのかと思った。起き上がろうとして首をもたげてふとTシャツの胸元に視線が行くとそこにははっきりと人の手の形をした汗染みが出来ていた。夢じゃない、本当にナニかがここに来たんだ。


 慌ててTシャツを脱ぎすてて胸に異変がないか確認したが体に異常はなかった。ただ同じTシャツを着る気にはならず、ほかのシャツに着替え手形の付いたTシャツは捨てた。階下からオレの名前を呼ぶ声が聞こえ迎えのバスが来たことが分かり急いで部屋を後にした。それからは何も起こることはなく、家に帰ってからも異状は起きていない。もちろん今もだ。


 一つ、オレの使っていた部屋で気になっていたことがある。それは初日の歓迎会の時、秋田女がオレに言った一言。「あれ?なんでこの部屋だけ絨毯しいてあるの?ずるくない?」そう、オレの使っていた部屋だけ部屋の半分くらいまで絨毯が敷いてあったんだ。入口から部屋の半分あたりまで、ご丁寧に絨毯の上にベッドが置いてあってまるでそこだけ何かを隠しているようにも見えた。勿論、ベッドを移動させて絨毯をめくってみたさ。普段なら気にも留めないんだろうが、初日からおかしなことがあったせいで気になって仕方なかったからな。結果、絨毯にもその下にも何もなかった。いや、何もなかったように見えただけかもしれない。なんせそれなりに古い旅館で床の茶色い染みなんてありふれてるだろ。その時はそういうことにしたんだ。ただ、もしかすると…な。


 長くなったがオレの話はしまいだ。オレの後にあの部屋に泊まっておかしなことに遭ったやつがいるかは知る由もないし、最初に話した通りその旅館がまだあるのかどうか、それは知らない。


どんとはらい。


さぁ、次はあなたの番です。これまでの人生で一番怖かった怪異のお話をしてください。


蠟燭を消した後…、もっと怖いことが起きれば一興ですね。


私めはこれにて…。またの機会を…。

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