第9話
それじゃ、始めるよ。
死人の幽霊を見るのも怖いけど、生霊とか因縁はもっと怖い。因縁てのは怨み、妬み、嫉み、いわゆる負の感情が強く顕れて人に害を及ぼすって話。色々見えるって人から直接言われたんだ。
「誰かに妬まれてるみたいだよ。若い男の人かな、最近色恋沙汰でなにかあったんじゃない?」ってね。
心あたりはあった。確かに最近彼女ができた。その彼女に片思いしてて、振られた人物がいて思い当たるのはそいつだけ。困ったことに彼女の友人仲間のうちの1人で遊びやら飲み会やらがあるとそいつも必ずと言っていいほど参加してくる。オレからしたら吹っ切れてるのかと思ってたけど、どうも違ったらしい。わざわざ好いた女が恋敵と一緒にいるところに来るなんてもの好きと言うかM気質なのか、ちょっと気持ち悪いなと思っただけだったが。
そういわれて考えると身の回りにちょっとした異変が起き始めたのはカレカノになって少し経ってから。週末に彼女の部屋か俺の部屋で一緒に居ると家鳴りが酷くなった。一人でいるときにはほとんどないのにだ。彼女と二人でなんだろねーなんて言いながら過ごしていたけど、彼女的には怖かったらしい。家鳴りのほかにはふとした拍子に外から誰かに見られているような視線を感じたり、台所で飯を作ってると背後に人の気配を感じたり。オレの部屋も彼女の部屋も3Fより上の階で外から人が覗くなんてできないし、彼女の住んでたマンションはマンションの玄関からオートロックで鍵がなけりゃエントランスにも入れない。だから気のせいって思ってた。
見えるって人に知り合ったのは丁度その頃で、何かのオフ会に1人で参加した時のことだ。ぱっと見地味なんだけどなんとなく目を惹く感じの男の人で、よく見りゃそこそこに整った顔をしてて年齢も20代なのか30代なのかちょっと分かりにくい、今思えば自分でそう演出していたのかな?とも思うくらいの不思議な空気感を持ってる人だった。
最初は知り合いと飲んでたんだけど向こうがこっちをちらちら見てるのが分かって、知り合いと一緒にそいつの居る卓に移動して話しかけてみた。オフ会の飲みの席だから簡単に初めましての挨拶したら雑談がメインだ。何の拍子にか同じ卓を囲んで話している連中の実体験の怪談話が出た。最近の自分に起きていることもあってオレも漏れなくその話をしてみたんだがその時だ。
オレに向かって「ちょっと気を付けた方が良いかもね。」と始まって冒頭の台詞。「え、なんで分かるんですか?」って思わず聞いたら、「うーん、なんとなくー…。いや、ちゃんと教えておいた方が良いのかなぁー。」なんて言うもんだから余計に気になった。ただ、大勢の前で個人情報を酒の肴にされるのは面白くない。その場はうまく茶化してやり過ごした。
1次会で店を押さえていた時間が過ぎて解散、有志だけ2次会ってタイミングで”見える人”に声をかけた。むこうも気にしてくれてたみたいで「この後どうします?」って言われて「すいません、さっきの話どこか別の店で教えてもらってもいいですか?」と持ち掛けてコーヒースタンドで話を聞かせてもらった。
曰く、相当強く恨まれ妬まれてるみたいだということ、最近起きている現象の9分9厘その人物の生霊の仕業だということ、エスカレートすると他に実害が出るかもしれないということ。
”見える人”の見える力は母方の家系のせいだと思うって言ってた。母親と弟には見えて、姉には見えないって言うから伴性遺伝か何かで母親と体質が似たんだろうって。オレに言わせたら姉も見えるだろうと思ったがそれは言わなかった。どうでもいいことだったし。それと別に心霊能力者ってことじゃなく見えるだけとも。本当かどうかは分からない。でも、なんとなく本当なんだろうなぁって信じてしまう不思議さがあってオレも素直に聞いてしまった。対処方法があるか聞いたが「見えるだけだから警告しかできなくてゴメン。」って。
ただ、憑き物を落としてくれるって有名な神社とかお寺で祈祷はしてもらった方が良いと言われ、次の週末に彼女と2人で行くことにした。神社で厄除けの祈祷してもらうなんて初めてだったが無事にそれも済ませて2人とも気分的には落ち着けることができて良かったと思う。
それからしばらく何もなく、普通に日常を送っていたんだがとある月曜日、前日泊りに来ていた彼女と一緒に家を出たんだが、彼女がオレの部屋に忘れ物をして取りに戻ったんだ。「先に行ってて。」と言われてオレはゆっくり駅まで歩いていた。彼女が追いつきやすいようにゆっくり。まだ朝も早いうちで人もまばら、雑踏の前の空気は良いなぁ、なんて暢気に歩いていたら後ろから肩を”トン”と小突かれたというより押された。その拍子で一歩踏み出した瞬間、軸足を後ろに払われて両足が宙に浮いた状態になりバランスもとれないまま転んだ。片手を地面に付いたせいで上体の荷重が全部そこに掛かったんだろう。肘に強い衝撃、次いで体を支えきれず前方に這いつくばった。
何が起きたのか一瞬分からず、派手に転んだせいで通り過ぎる人もびっくりした顔をしてた。痛みをこらえてすぐに立ち上がったが手をついた側の肘がおかしい、というか折れた痛みがあった。”やっちまった”と思ったところに彼女が追いついてきて「大丈夫?」と駆け寄ってくれたが顔色が真っ青で引きつった険しい顔をしてた。オレよりもお前が大丈夫か?って聞きたくなるほどで「大丈夫じゃないけど大丈夫、顔色悪いけどそっちも大丈夫?」って聞いたら、ちょっと間をおいて「今日は二人とも会社休もう。もう一回お祓い行こう?」って。なんでお祓い?って思ってすぐには返事できないでいたら、彼女は携帯取り出して勤めてる会社に病欠の連絡を入れ始めた。オレは事務所が近かったもんで転んで肘がおかしいからいったん病院に行ってから出社すると連絡した。彼女はオレの部屋に帰り、オレは近所の整形外科に飛び込みで診察を受けたら尺骨骨折とのこと。シーネを巻いて会社に行き、上司から心配と2倍の小言を言われ、その日は帰っても良いことになり、部屋に帰った。
先に部屋で待ってた彼女はオレの顔を見て泣き出したもんだからどうしたか聞くとオレも驚くようなことを話し出した。
彼女は忘れ物を取って速足でオレを追いかけてきたらしい。オレの背中が見えてもうちょっとと思ったところでオレが誰かに押されたみたいに前につんのめったと。オレの後ろには誰もいなくてどう見ても自分で出来る動きじゃなかったと。「え?」と思った次の瞬間、オレの軸足の足首を人の手が後ろに引っ張るのが見えたと…。絶対見間違いじゃないし普通じゃない。だからお祓いに行こうって。
”見える人”が言ってたのはこういうことかぁ…。と背筋がゾワリとした。妙な家鳴りも少し治まってたし、神社に行って完全に油断してた。というか防ぎようもないだろ。どうする?と考えても答えなんか出ない。彼女と携帯で少し遠出でもいいからと憑き物落としにご利益があるっていうお寺を探して、そこの住職さんに朝の出来事を話をして加持祈祷をお願いし、体から邪気が無くなるよう経典で叩いてもらった。それからしばらくは不便な生活を強いられたが、骨折の間、彼女が部屋押しかけ同棲の状態で甲斐甲斐しく口うるさく世話をしてくれて助かった。
後日、また飲み会で”見える人”に会うことがあった。そのときの第一声が「あ、いなくなってますね、よかったー。」だった。それまでの経緯を話したがあまり興味は示さず拍子抜けしたのは否めない。憑き物が取れた原因もおおよそ判明した。件の人物にもめでたく彼女ができていたらしく、怨み妬みしてるところじゃないってことだったようだ。
オレの場合は無事に済んだけど、”見える人”いわく、そのままだったら憑り殺されててもおかしくないくらいの生霊の因縁だったんだよ。そうじゃなきゃ声かけたりしないんだよね。って。”見える人”から見ても相当やばかったらしいけど、本当に怖いのはそういうことを起こせる人物が世の中に野放しってことだと思った。
オレの話はこれで終わり。
どんとはらい。