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虹の橋の猫たち

最後の審判

作者: 時雨

 虹の橋にようこそ――


 死んだ猫が人間を待っているというその虹の橋の袂には、料金所のような小さなボックスがあり、そこには管理人が穏やかな顔で座っていた。


 彼女は胸を高鳴らせながら、少し遠慮がちに声をかけた。

 「あの、ここにくれば、先に旅立った猫に会えると思うのですが」

 管理人は穏やかな表情を変えることなく答えた。

 「はい。ここで審査を受けていただいてから、パスした方のみが橋を渡ることができます」

 虹の橋は本当にあったが、審査があるなんて彼女は初耳だった。

 「審査といっても、情報は既にファイルしてありますので、それに間違いがないかという確認作業ですが」

 自分の名前と猫の名前を問われたので、彼女はそれに答えた。

 何らかの端末らしき画面の上で指を滑らせて、そこにある情報を読み取りながら何度か頷くと、管理人はその穏やかな表情のまま結果を告げた。

 「誠に残念ながら、この橋の通行許可はお出しできません」

 彼女は耳を疑った。大好きだった猫に会えない? 生まれてから看取りの時までずっと可愛がってきた猫に。どうして?

 「何故ですか? 私には資格がないとか、そう言うことですか?」

 どうしてもあの子に会いたい。あの子が先に旅立ったあの日から、この時のことだけを考えてきたのだ。また会えると信じて。

 「いいえ。資格というのではありませんが、まあ、敢えて言うなら、猫に酷いことをした人などにはやはり許可は下りません。そう言う意味では資格と言えるでしょう。(もっと)も、そんな人はそもそも虹の橋の猫に会いに来る筈もありませんが」

 だったら、尚更許可されないのはおかしいと彼女は憤った。彼女は猫好きで、飼い猫のみならず、外で出会った猫にも酷いことをした覚えはない。それなのに何故?

 「この審査で最も優先されるのは、本猫の希望です」

 「本猫の希望?」

 「そうです。つまり、あなたの猫が、あなたに会うことを望んでいない、と言うことです」

 「そんなことはない筈です。何かの間違いです。私に会いたく無いなんて……。ずっと可愛がって暮らしていたんです!」

 彼女は言葉を尽くして、いかに猫のことが好きだったか、どんなに猫を大事にしていたかを語った。しかし、穏やかな顔の管理人の答えは変わらなかった。

 「何故、何故あの子は私に会いたくないんですか」

 思いがけない拒絶に、彼女は懸命に涙を堪えて食い下がった。

 管理人は、少し逡巡するように端末に目を走らせていたが、やがて顔を上げた。

 「お話ししてはならない規定はありませんので、お教えすることはできます。それでも全部お伝えするには、私の仕事に支障を来たしますので……」

 自分に会いたくない理由がそんなにあるのかと、彼女は改めて衝撃を受け、堪えきれずに涙が滲んできた。

 「一番の理由は、あなたがあなたの猫を飼い猫扱いしたことでしょうか」

 彼女は涙が引っ込む程に驚いた。飼い猫を飼い猫として扱って、どこが悪いと言うのか。頭の中で言葉を反芻すればする程彼女は混乱した。

 「つまり、あなたの猫は、ずっとあなたの家族になりたいと望んでいましたが、それは叶わなかった、と」

 餌もおやつも充分に与えてた。遊びも沢山した。トイレもいつも清潔に保っていた。それ以上何を望んでいたと言うのか。

 「例えば、ご家族で話し合いをする時など、あなたは猫に意見を聞きましたか」

 「そんな……。猫ですよ? 言葉がわかる筈がないじゃないですか」

 「それはあなたの思い込みで、猫は意見を言います。多くの人は猫の言葉がわかりませんが」

 「それなら何の意味もないじゃないですか」

 彼女は、自分の中に怒りの感情が芽吹くのを感じ、思わず声を荒げてしまった。

 「猫にとってみれば、自分は(ないがし)ろにされたと感じるものです。何の意見も求めないなんて、家族にならやらないことでしょう」

 反論ができなかった。お昼ご飯は何が食べたい? お弁当のおかずは何がいい? コーヒーと紅茶、どっちにする? 家族には確かに尋ねた。望みを持っていると知っていたから意見を聞いた。でもあの子には……。猫と共にいた日々を振り返って、やがて彼女の頭の中は真っ白になった。


 どれくらいそこで立ち尽くしていたのか、両頬が涙で濡れていた。

 「誠に残念ですが、お引き取りください」

 穏やかな管理人の顔が、少しだけ同情を含んだ表情になった。

 すっかり抜け殻のようになった彼女は、徐に橋に背を向けて、力のない足取りで歩き始めた。三歩歩いたところで立ち止まり、躊躇いながら振り返って、最後のお願いをしてみることにした。

 「あの、せめて、一目だけでもあの子の姿を見せてはもらえませんか」

 しかし、答えは間髪入れずに返ってきた。

 「それはできません。橋を渡らない限り猫たちの姿は見えません。それに、姿が見たいと言うのは、あなたの自己満足の為であって、それを叶えさせる義理はありません。あなたの猫はあなたに会いたくないと言っているのですから」

 管理人の穏やかな表情が、これ以上ない程に冷徹に見えた。

 彼女はまた背を向けて、とぼとぼと歩き始めた。可愛がっていた猫に会えなかった。ずっと、また会いたいと思っていた猫に会えなかった。今際の際の最後の希望(のぞみ)だったのに。

 死んだ後も絶望を味わうとは思いも寄らなかった彼女は、死んでしまいたいと思いながら歩き続けた。



Copyright(C)2023-時雨

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