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彼は自殺で間違いない。だがしかし

 明石 優魔 は自殺に違いない……女教師からそう聞いた週の土曜、正樹は最寄りの警察署に足を運んでいた。

 警察の捜査なら、科学捜査や状況証拠、物的証拠もあるに違いない。彼の死は自殺として、既に処理されているのだろう。けれど正樹はいまいち納得いかなかった。他殺と言われると自信がないが、自殺と断言されても腑に落ちない。このモヤモヤをはっきりさせるべく、正樹は直接警察署に向かい、情報提供の体で名乗り出た。


「明石 優魔君は、本当に自殺だったんですか?」


 正樹の前にいるのは、以前事情聴取に来た警察官の人だった。固い顔つきで警察官は『間違いない』と答える。


「あぁ。自殺で間違いない」

「……どうして?」

「ロープや体に、他者の指紋は発見されなかった。あの桜の木周辺も調べたが……第三者の気配は何一つ見られない。外傷も首吊りで出来た物のみ。それに――すまない、君には結果として嘘をつくことになってしまったが……遺書らしき物も発見されたんだ」

「なんだって……?」


 明石 優魔は、遺書を残していた……? 咄嗟に正樹は反論を繰り出していた。


「待ってください。彼は生前、自殺だけはしてやるものかと言っていました。……何か心変わりがあったんですか?」

「……随分熱心なようだね。けどそれなら、一つ知っていることがあるだろう? あの桜の木で起きた事を」

「……告白して振られて、そのショックで自殺したと?」


 正樹は、全く納得いかない様子で睨みつけていた。

 優魔が恋に破れて自殺? ありえない。色気一つ見せていなかったし、仮に振られたとしても……彼なら自殺より、何か打開を考えそうな気がする。それこそ呪いかおまじないを使って、自前で何とかするんじゃないか?

 正樹の真剣が伝わったのだろう。警察官はちらりと、周辺を気にしてから本音を語った。


「……実は、私も納得していない。自殺には違いないのだろうが……動機がいまいち腑に落ちないんだ。

 捜査を進めていく内に『明石 優魔が告白した生徒』の存在は明らかになった。警察も裏を取り、告白を受けた女生徒の証言も得られた。ただ……『明石 優魔と、告白を受けた卒業生は、告白されたその日が初対面だった』ようでね……」

「えっ……!?」


 なんだ、それは。正樹は訳が分からなくなった。

 いくら『恋を叶える言い伝えのある桜』の木の下だからって、初対面で告白が成功する訳がない。ある程度予兆と言うか、接点と言うか……恋愛成就には過程が必要だ。明石 優魔が『本物』だとしても、告白一つで結ばれるだろうか?


「交友関係も調べたから、間違いない。三月の卒業式に告白したのが、二人の関係の始まりで、その翌月の四月の始業式に、明石 優魔は自殺した事になる……」

「めちゃくちゃです! こんなの――」

「あぁ……『失恋のショックで自殺した』とするには、あまりに恋の内容が薄っぺらい。大人でも痴情のもつれ……失礼、色恋で殺人や自殺は良くある話だが、そこに至るまでは強い関係性と、裏切られたと感じる過程や時間、そして出来事が必要だ。明石優魔には、それが全く欠けている。ただ、捜査本部としては……彼は多感な時期だし『思春期特有の激情で自殺した』と言う話でまとまってしまった」


 正樹は顔を上げ「ちょっと待ってください」と引き留めるような言葉を使う。警察官はため息とともに首を振った。


「警察としては、事件であれば捜査する、犯人を捜すべきだ……という話になる。しかし彼の場合、動機はどうあれ『自殺である事は間違いない』んだ。分かりやすい失恋のショックと言う要素もあるし、捜査は終了している」

「そんな……でもこんなの、明らかにおかしいですよ!」

「…………」


 警察官が唸った。恐らくこの人も、正樹と同じ結論なのだろう。こんな浅い恋で、失恋のショックで自殺なんて考えられない。パッと見で分かりやすく状況が整っているだけで、精査してみれば動機が完全に異常だ。


「……すまない。警察としては、自殺で結論を出した案件に、必要以上に時間を使うわけにはいかないんだ。事件は毎日起きているからな……」

「く……」

「……ここから先は、個人的な話になる。外には漏らさないでくれ」

「?」


 一層声を低くして、警察官は周囲から遠ざかる。慣れた足取りで正樹を誘導したのは男性用トイレだ。そこで警察官は『個人的な』話を始める。


「遺書らしき物が見つかった。と言う話をしたと思うが……覚えているかい?」

「えぇ。確かここにきて最初に、自殺で違いないと……」

「すぐに発見できなかったのには、理由がある。君の言う通り『明石優魔は、呪いや呪術、魔術にのめりこんでいた』事が分かった。彼の……自作の呪文書とでも言えばいいのかな。その中に、今回の自殺を仄めかすような内容が含まれていたんだ」

「そう……ですか」

「ただ、我々にはちょっと……難解と言えば良いのか、独特と言えば良いのか、あのノートに書かれていた事を正しく理解は出来なかった。君ならあるいは、解読できるかもしれない」

「!」

「親御さんにノートは返却してある。事情を話せば……内容を写すぐらいなら、許してくれるかもしれない。何せご両親も彼の自殺に対し『動機が分からない』と困っているようだからな……」

「……いいんですか? 僕に話しちゃって」


 警察官は苦笑した。


「良くはない。こんな事は警察官失格だ」

「……すいません」

「謝る事でもない。私も、彼が死んだ理由はすっきりさせたい。頼むよ、探偵君」

「……頑張ります」


 明石優魔は、自殺で間違いない。しかし自殺の動機が腑に落ちない。

 その手がかりは、彼の呪術書のノートにある。すぐに正樹は『明石優魔の家』に赴き、交渉の末ノートの写しを手にする。

 だがしかし――その内容は、全く持って解読困難なものだった。

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