卒業式と告白
職員室の前に移動した三人……呼び止めた女教師と、恋桜にいた一組が会話している。
放課後の校舎は影が伸び、茜色の空は美しい。けれど昼と夜の境界線は、何か不穏な気配も感じさせる。茜色の光、夜に近づく太陽。夜闇の迫る足音と共に、この世ならざる何かが紛れ込みそうな……そんな世界と時間がやって来た。
「こんな時間に話すのも、怖いんだけどね……」
窓から差し込む夕焼け色。赤く伸びる光はより、影をはっきり際立たせる。室内であれば猶更の事。けれど蛍光灯をつける程でもない。だから……オレンジの光と影のコントラストは、狭い室内と校舎を怪異の気配で彩るのだ。
「…………」
ひょっこり優魔が、顔を覗かせるんじゃないか。一瞬そんな不安な考えが及ぶ。しばらく無言でいた三人だけど、改めて正樹は先生に質問した。
「先生……本当なんですか? 優魔君が卒業式に告白していたって……」
全く知らない情報だった。そして想像もしていなかった。白雪さんも同様で、ブサイクな魚のぬいぐるみを抱きしめつつ見つめている。先生は二人に「間違いないわ」と答えた。
「彼……明石 優魔君だっけ? 結構独特な雰囲気のある生徒だから、見間違いじゃないと思う。詳しくは知らないけれどね……」
「優魔君の事、知らないんですか?」
「私は新学期まで……三月まで三年生の担任だったのよ。卒業生と一緒だった。今年は一年生担当」
「そっか。だから先生は『卒業日の様子を知っている』んですね」
教師だからと言って、すべての生徒の顔と名前が一致するような、超人的な記憶力がある訳じゃない。基本は学年ごとに、担任の先生が分かれている物だ。二人はあまり目の前の教師を知らないが、それも当然。この女教師は旧三年生、現一年生の担当らしい。今年の三月に卒業した生徒と共に、卒業式にも出席した訳か。
「卒業式は……どうだったの、先生。優魔君が乱入したりとか……?」
「いいえ。何も……こんな事が起きなきゃ、先生だって気にしなかったと思う。ともかく、この学園として見れば、何もおかしなことは起きていなかった。普通に卒業式も終わったし、その後は……後輩たちが先輩に花束を贈ったりとか、写真撮影とか、特に変わった事は無かったと思う。もちろん『恋桜』も……先輩後輩同学年、入り乱れての告白祭りよ」
最初こそ微笑んでいた女教師は、途中から顔を悲しげに伏せた。きっと卒業前なら『恋桜の祝福』として、今までもずっと続いてきた光景だったのに……彼の死が、明石優魔の死が尾を引いている。
「その中で……その、ちょっと癖の強い生徒がいたのよ。見ない子だけど、なんて言えば良いのかしら……個性的と言うか、なんというか」
「「…………」」
生徒二人は苦笑した。『教師』の立場上、明石優魔を下手に表現できなかったのだ。
一言で言うなら、明石優魔は『異物』だ。
その言動、そのセンス、もう一目で『異物』と本能的に、誰もが感じてしまうような存在。魔術や呪いに詳しいと知らずとも、なんとなしに『こいつは普通じゃない』と言うオーラを身に纏っている……そんな彼が、告白に望めばどうなるか。答えは火を見るよりも明らかだ。
「その……明石君だっけ? かなり独特な感じの生徒だけど、卒業生の誰かに告白していたと思う。遠目で見ていたから分からないけど」
「……優魔君、恋とか興味なさそうだけど」
「僕もそう思う。噂一つなかったんじゃないかな……」
この年頃……中学生で恋愛事が噂にならない訳がない。みんな刺激に飢えている環境で、色恋を隠し通すのも難しいだろう。ましてや、呪術を扱うとされている『明石優魔』だ。恋愛そのものより『恋愛のおまじない』の方に興味がありそうだが……
最も、それは同じクラスの生徒にしかわからない。枠の外側にいる女教師は、あくまで一般的な考えと、経緯を示した。
「でも、卒業生の子に告白したのは間違いないと思う。ただ、その後ちょっとかわいそうだったというか……かなり綺麗な子に告白してたけど、こっぴどくフラれていてね。周りの子にも笑われちゃってたし」
「「……」」
「そしたら彼、すごい声で……まるで悪者みたいな感じ? で、大声で笑って叫んだの」
「なんて言ってたんです?」
「ちょっと細かくは覚えてないけど……『これで完成した』とか言ってた気がする。正直意味が分からないけど……でも始業式の時、恋桜の木の下で自殺していたでしょ? きっとこれは、失恋のショックで心がおかしくなっちゃったのよ……」
告白と失恋、そのショックからの自殺……? 確かにありそうな自殺の理由だけれど、やっぱり二人は納得がいかなかった。
明石 優魔が……魔術に没頭していた優魔が、こんな動機で死ぬとは思えないのだ。失恋を引き金に自殺するにしたって……『自殺に至るだけの、真剣な恋』が必要なのではないだろうか? 色恋の噂も、気配も一つもなかった彼が、告白一つ失敗したぐらいで死ぬとは思えない。むしろ彼なら――
「自分をフった相手を、呪う為に死んだ……のかな」
呆れた目線を向ける教師。先生は信じないのは当然として、隣の白雪さんは「違うって」と、また聞きのように答えた。
「呪いをかけるつもりなら……フった相手に分かる形じゃないと、効果がないってぷーちゃんが言ってる」
「どういうこと?」
「始業式に死んでも、嫌な気分になるのは……呪いにかかるのは『その時学校にいた人たち』なの。卒業した人は噂として、耳に入るかもしれないけど……かなり不確実じゃない? 呪うならその場で、告白した相手の目の前で自殺とか」
「怖ろしい事言わないで!?」
「す、すいません……あれ? でも自殺って決まった訳じゃ……」
正樹がそう言うと、白雪さんは唸る。けれど先生の反応は違った。ちょっと考えてから、二人に一つ事実を告げる。
「……自殺よ。それで間違いない。だって、警察の人が現場検証を進めていたけど……他殺の気配が、全く無かったみたいだから」
「「!?」」
明石 優魔が自殺した……警察はそう見ているのか。
二人の同級生は顔を見合わせ、衝撃を受け止めるしかなかった。